6話 ボンクラ、ドアホ、クソ野郎
数日後、再びバルジャンに使いの者が伝書を届けに来た。
そうして伝書を目に通したバルジャンはまたしても愕然とする。
「どういうことだこりゃぁ!?」
何故、納税品のほとんどが納品されていないのか。
理由は簡単、『領内の民のほとんどが姿を消してしまったから』だ。
今や残っている民衆は千人弱ほど。これでは納税が前年の百分の一以下しか無いのも理解出来る話である。
では何故急に大勢の民が姿を消したのかという話になれば。
「半年ほど前に、セシール様が追放されたのは覚えておいでですな?その際に、領内の民およそ十万人が、セシール様と共に去っていったのです」
「ハァ!?奴らがあの女についていったァ!?」
民草など、王族の導きが無ければ何も出来ない愚民だと認識しているバルジャンには、到底理解出来るはずもない。
セシールの仁心と人徳に心を動かされ、彼女と共に支え合いたいと願うがために、自ら望んで流浪の旅の道連れになったなど。
「セシール様と共にありたい、ただそれだけだと、言っておりました」
「バカな、有り得ねぇ……」
そう、最低でもバルジャンにとっては有り得ないことだ。
しかしそんな有り得ないことは、事実として起きている。
愕然としていたバルジャンだったが、次の瞬間には怒りを浮かべる。
「あのクソ女ァ……始皇帝の血を引いていたから爵位を与えてやったのに!これじゃただの逆賊だろうが!!」
とんでもない言い掛かりである。
逆賊も何も、セシールはただ言われた通りに国を去っただけ。
そこに十万人近い民が勝手についていったに過ぎないのだが、自身にとって都合の悪いことは頭に入らないし、理解にも至らないバルジャンからすれば、「セシールは王国から民を奪った逆賊」としか考えられない。
阿呆、ここに極まれりである。
「愚民どもがセシールについていったんなら……今すぐセシールを連れ戻せ!そうすれば国の人口は元に戻る!」
「しかし、セシール様が行方を晦まして半年。今となっては、生きているのかどうかも定かではありませぬ」
「ふんっ、だが死んでいるかどうかも定かじゃないはずだ。意地汚いあのクソ女のことだ、民を食い物にして、必ずどこかで生きているはずだ。手段は問わねぇ、必ず連れ戻せ!」
セシールが民を食い物にするような女ならば、誰も流浪の旅に付き従おうとは思わないだろう。
そもそもセシールだけを連れ戻したところで、民が王国に戻ってくる理由にはならないし、そんな保証もない。
少し考えようとすれば分かるはずのことさえ頭に浮かばないほどに、今のバルジャンは感情的で視野狭窄に陥っている。
「それと、一時的に民の納税を上げさせろ。これじゃ食うにも困る」
その上からさらに増税という愚策を取るときたものだ。
そもそも残された千人弱の農民らは、きちんと規定の納税を果たしているというのに、そんなことをすれば間違いなく不満や反発は起きる。
兵の武威を笠に増税を強いらせることは不可能ではないが、それは納税ではない、略奪だ。
バルジャンはセシールのことを「民を食い物にしている」と悪し様に罵っているが、民を食い物にしているのは自分の方であることの自覚は、
無いだろう。
「は……」
この国もそろそろ潮時か。
使いの者は、このボンクラ王子に――ひいては、ボードウィン王国そのものに見切りをつけ始めていた。
セシールがエルピス村に帰還してから数日後。
宣告通りに、アルファルド皇国のユークリッドより、求婚状がセシールの元へ届けられた。
これは予想していたことなので、セシールは慌てること無く、自分の補佐役達を集め、"緊急会議"を開いた。
十人ほどの男女が集まり、その前にセシールは立つ。
「先日にお伝えしていた通り、今朝一番に、アルファルド皇国第一皇子、ユークリッド様からの求婚状が届きました。わたし自身は、このお話を受けるべきかどうか悩んでいます」
まずは、セシールがユークリッドと婚約することの利点について説明する。
「これを受けることのメリットは、どこの国にも所属していないこの村の保安を、皇国にお任せすることが出来る点です。過去に、野盗や魔物の被害を受けていた点から考慮すると、この機を逃したくないところです」
無論、エルピス村にも外敵に対する備えはあるが、その備えを扱うのは基本的に農民であり、まともな戦闘訓練など受けていない。
暴力を生業にしている破落戸や、凶暴な魔物の相手をするには些か力不足だと言わざるを得ず、事実その被害を受けて命を落とした者もいる。
そのため、皇国の兵士が目を光らせているだけでも、破落戸は近付きにくくなるし、もし魔物が村にやって来ても、きちんとした兵隊訓練を受けた兵士ならば即応可能だ。
次にその逆、セシールがユークリッドと婚約することによって起こり得る弊害について。
「反対にデメリットとしては、エルピス村が皇国の庇護下に置かれることとなり、一定額の納税を義務付けられることになります。そして、わたしは基本的に皇国の方で暮らすことになり、村に戻ることは難しくなります。また、わたしの後任の村長をどなたかに委任しなければなりません」
これは先日にユークリッドとも深く話し合っていた。
納税の義務はあるとは言え、それは高額なものではないし、出来高の如何によっては減税措置を取ることも可能だと言っていた。
加えて、ユークリッドの妻になるセシールは、基本的に後宮で過ごすことになるため、村長の任を果たせなくなるという点もある。
仮に婚約話を受けるのであれば、誰がセシールの後釜になるか、禍根を残すこと無くしっかり決定しなければならない。
「以上を踏まえた上で、皆さんのご意見をお聞きしたいのですが……」
「はいセシール様、よろしいでしょうか?」
補佐役の一人である若い女性が挙手したので、「どうぞ」と発言を許可する。
「実際のところ、どうなんですか?」
「どう、というと?」
「ですから、皇子様はイケメンでカッコ良かったかってことですよ」
ニマニマしながら続けてくる。
「だってですよ?ボンクラ王子に婚約破棄されて、クソ親父から追放された美少女が、イケメン皇子に求婚されるなんて、ドラマチックじゃないですかー!きゃー!まさに玉の輿!」
黄色い声を上げる補佐役の一人だが、次に年配の男性が椅子を蹴立てて立ち上がった。
「どこの馬の骨かも分からん若造にセシール様はやれん!どうしてもと言うのなら、ワシはユークリッド皇子に決闘を申し込むぞォ!!」
老いてなお血気盛んなのは結構なのだが、さすがに決闘を強いらせるわけにはいかないだろう。
これを皮切りに、補佐役達は次々に口を開いた。
「セシール様のこれまでの苦労を考えれば、幸せになってほしいに決まっている!」
「村のことならお気になさらず!私達はもう、セシール様に縋るばかりではありません!」
「バッキャロゥ!そのユークリッド皇子って野郎が、バルジャンのクソ野郎みてぇなドアホだったらどうすんだ!」
「あんたバカァ!?セシール様がご自分で選んだ相手なら大丈夫に決まってるでしょうが!セシール様の目は節穴じゃないっつーの!」
皆が皆、好き勝手に主張するばかりで話は並行してばかりだ。
それを見兼ねたセシールはバンッと机を叩いて音を鳴らした。
「皆 さ ん ! 一 度 冷 静 に !!」
彼女の一喝に、補佐役達はピタリと声を止めてセシールに向き直る。
「確かに、あのボンクラ……ゲフンゲフン、ドアホ……ゲフンゲフン、クソ野郎……ゲフンゲフン、バルジャン王子の一件もあり、ユークリッド様のことを信用出来ない、という意見も分かります」
ですが、と一言置いてから。
「一度お話してみて、分かったこともあるのです。ユークリッド様は、民のために何が出来るかを本当に模索していて、可能であればそれを行動に移すことが出来る……ほら、これだけでもどこぞの馬の骨とは大違いです」
しれっと阿呆を引き合いに出しつつも、セシールは続ける。
「それに……わたしが思っている以上に、ユークリッド様は純朴な方で……その……」
頬を赤らめながら言葉に詰まるセシール。
それを見た補佐役達は言外に声を揃えた。
「「「「「(((((あ、これ……完全に恋する乙女の顔だ)))))」」」」」
「と、ともかく、ですね。わたし個人としては、ユークリッド様と婚約を結ぶことに異論は無いというか、悪くはないと思っているというか、むしろ望むところだと言わせてほしいのですが……」
「「「「「祝言を上げましょう」」」」」
ゼロコンマのズレもなく、補佐役達は口を揃えた。
「ふぁっ!?」
当然、祝言を上げられる側のセシールの首から上が炸裂するのもまた、予定調和と言えた。
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