4話 凋落の始まり、繁栄の始まり
ボードウィン王国後宮
「な……なんだ、これは……?」
バルジャンは使いの者からの伝書を受け、愕然とした。
「徴収する納税品が、前年度の百分の一以下もないのは何でだ!?」
今年は畑が不出来だったとか、害を受けて作物が駄目になったとか、そんなもので説明しきれるものではない。
はっきり言ってしまえば、これではこれからの後宮の食事は質素――いいや、みすぼらしいものになる。
「何故と申されましても、私には何も」
使いの者はただ命令通りに、バルジャンに伝書を届けに来ただけ、内容すら目に触れていない。
一体王国に何が起きているのか、確かめようとすればすぐに原因は分かるのだが、バルジャンは決め付けと思い込みだけで物を言う。
「民どもが納税を渋ったに決まってるだろうが!今すぐ兵を出せ!さっさときっちり納税させろとな!」
「御意」
使いの者は一礼して去っていく。
兵を出して納税を強いらせたところで結果は何も変わらないし、現在王国が凋落まっしぐらであることに気付くのは、まだ先のことである。
セシールは、半年前から今日までのことを、細大漏らさず誇張を抜きにして話した。
すると、ユークリッドは溜息混じりに紅茶を啜る。
「……愚かしい。実に愚かしい」
カップをソーサーに置く。
音一つ立てないその仕草と振る舞いには、皇子たる風格に満ちていた。
「セシール村長、貴女の民心を集めるその力は、とても素晴らしく、そしてとても得難いものだ。それを自ら手放すなど……バルジャン王子は愚かとしか言いようがない。加えて、貴女の父君もだ。誰も彼もが、自分のことだけを考えてばかりではないか」
「そんな、買いかぶり過ぎです。わたしはただ、民を安んじるためにはどうすればいいかを、必死に考えているだけで……」
そう、今だってユークリッドに嘗められないために心を尖らせているのだ。
婚約破棄をされて傷心であろう自分を慰め、そこに付け込み、骨の欠片まで残さずしゃぶり殺す……そんな魂胆だろう、と見ている。
しかし、ユークリッドはそんなセシールの先見の尽くを裏切るかのように。
「買いかぶりなものか。私とて、民を安んじるためにはどうすれば良いか、今も手探りだ。しかし、私は第一皇子という立場もあり、民のためという理念だけを掲げるわけにはいかない」
ユークリッドは眩しいもの見るように目を細める。
「セシール村長。私は貴女を羨ましく思う。私にも、民心を集める力があれば、……いや、あるいは貴女が傍にいてくれれば……、っ……すまない、忘れてくれ」
不意に、誤魔化すように視線を逸らすユークリッド。
セシールは理解した。
「(そうか……この方も、わたしと"同じ"だ)」
人の上に立つ立場でありながら、下から支えてくれる者達を案じ、彼らと同じ目線でものを見ることが出来る。
「ユークリッド様」
セシールは己の中の警戒心を弱める。
「もっと色々なことを話しましょう。国や民のことだけでなく、趣味や嗜好も、話し得る限りのことを。わたし達は、もっと互いを知り合わなければ」
この人となら、きっといい交渉が出来るはずだと。
「セシール村長……うむ、それもそうだな。我々は話し合うために、今ここにいるのだったな」
馬車に揺られている最中、セシールとユークリッドは熱心に互いのことを話し合うのだった。
皇国に到着し、セシールは客人として丁重にもてなされつつも、ユークリッドと客室で再び話し合う。
「旧時代においても、皇帝という絶対的象徴があったからこそ……」
「ふむ、目に見える形で分かりやすくということか……」
………………
…………
……
「民を従わせるのではなく、まずこちらから歩み寄ること。それを根気よく繰り返してこそ、民の望みが何かを読み取ることが出来るのだと、わたしはそう考えています」
「うむ……素晴らしい。セシール村長、やはり貴女と話し合って正解だった」
そして気が付けば、日が暮れて辺りは夕闇に染まり始めた頃。
「貴女がどれほど民を思いやり、彼らと分かち合おうとしているか。ただ理想論を並べるだけでなく、明確な数値にもしてみせる……さすが、仁愛の人と呼ばれるだけのことはある」
「茶化さないでください。それで、エルピス村の保安と、その納税のことですが……」
セシールは、先程の長い話し合いの中に、エルピスの村の保安とそれに伴う納税義務についても折り込んでいた。
「あぁ、これに関して言えば、私の一存だけでは決められない。父上はもちろん、他の貴族らの説得も必要になる……だが、決して悪いようにはしないし、良い方向へ向けさせるための最大限の努力はすると約束しよう」
「よろしくお願い致します」
これは、会心とも言える交渉だった。
法外な額の税を要求するようなら真っ向から噛み付き、あまつさえ喰いちぎってやるもりだったセシールだが、ユークリッドが想定する納税額は、思ったよりも遥かに低いものだった。
尤もこれは、ユークリッド個人の定規であるため、国王たる父や、有力貴族らにもこの話を通し、その上でどうなるかはまだ分からないものの、少なくともセシールが懸念していたような、一方的な搾取や理不尽な押収は無いと見てもいい。
「では、そろそろ夕食にしようか。食事を用意させよう」
夕食と入浴を終えてからも、セシールとユークリッドの会談は続き、もう夜も更けてきた頃。
「貴女との会談は実に有意義だ。己の保身と金回りしか考えていないような者とは違う、私のことを知ってもらいたいと心から思える。もっと話したいのだが……ふぅ、さすがにもう夜も遅いな」
ここまで何時間も話し込んでいたが、ユークリッドの表情は晴れやかだ。
「わたしも、ユークリッド様とこうして有意義なお話が出来て、とても嬉しいです。村では、どうしても村長として振る舞わなければならないので」
一方のセシールも、村人には普段話せないようなことも話してしまったほどだ。自身でも無意識の内に、ユークリッドに随分と心を許しているようだ。
「ふむ。村長としてか……」
ふと、ユークリッドは考え込む。
「いや……それはまだ早いか……だが、これは……となると……むぅ……」
彼が何を考えているかは推し量れないが、自己完結出来るならそれでいいだろう、とセシールは見ている。
しかし、
「すまない、思わず考え事をな」
「何を考えていたのですか?」
「あぁ、貴女を私の妻として迎えるべくラブコールを行うのはいつ頃が良いか……はっ」
ごく自然に、ユークリッドは爆弾発言を転がしてしまった。
「い、今のはっ、私の気の迷いだっ、わ、忘れてくれっ……!」
赤面しながら慌てて否定しようとするユークリッド。
けれど目の前ど真ん中でそれを聞かされていたセシールは、
「…………………………へあぁっ!?」
ユークリッド以上に顔を真っ赤にして奇声を発した。
あの阿呆が似たようなことを言っても、欠片の一片もときめかなかったセシールだが、ユークリッドが言ったそれは、絶大な破壊力を持って胸の奥を揺るがした。
「あ、あ、あの、ユ、ユークリッド、様!?そそそのっ、今のは一体どど、どういう……っ!?」
「むっ、むぅっ、これは、その、つまりだな……っ!」
二人して大慌てである。
「い、いかんな!夜も遅いせいだな!ではセシール村長!私はこれにて失礼する!よく休んでほしい!」
ついに耐えられなくなったか、ユークリッドは強引に話を切り上げて逃げるように客室から逃げていった。
「あっ、ユ、ユークリッド様!?……行っちゃった」
すとん、とベッドの上に腰掛けるセシール。
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