表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/14

3話 交渉と書いて、「せんそう」と読む

 開村祝のパーティを終えて、数日。


 村長たるセシールの仕事は多い。

 何せ十万人以上もの村人達の上に立つのだ、その彼らのためにこれから為すべきは何かを考えては実行に移し、人手の足りないところには自ら出向いて状況を確かめ、場合によっては自分がその足りない手になることも多々ある。

 村人の中から何名かはセシールの補佐、補助に回ってくれているがそれでもいっぱいいっぱいだ。

 多忙にして多忙な毎日ではあるが、セシールはそれを苦とは思っていない。

 後宮で"貴族ごっこ"をやっているよりもよほど気楽で、自分の行動を認め、喜んでくれる人々がいるのだ、やり甲斐があり過ぎて逆に困るくらい。


 そんな多忙な中、エルピス村にとって――あるいはセシールにとって、大きな転換期が訪れた。


「アルファルド皇国からの使者、ですか?」


 執務室で業務に取り掛かっていたセシールは、補佐の村人に訪ね返す。

 アルファルド皇国のことは、セシールも知っていた。

 しかし、こんな少し規模が大きいだけの農村に何の用があってのことか。


「はい。何でも、ユークリッド第一皇子からの信書を、セシール様に届けに来たとか」


「信書?いえ、分かりました。使いの方を連れてきてください」


「分かりました、すぐにお連れします」




 少しの間を置いてから、すぐにアルファルド皇国の使者が執務室に入室してきた。


「お初お目にかかります、セシール村長。お忙しい中にありがとうございます。こちらが、アルファルド皇国第一皇子、ユークリッド様からの信書になります」


 淀みのない足取りでセシールの前で跪き、信書を差し出す。


「ありがとうございます」


 セシールはそれを受け取り、内容を確かめる。


「…………ふむ」


 その内容は要約すると、『セシール村長と是非ともお会いして話がしたい』というものだ。

 文面だけを見る限りなら、搾取などの理不尽な要求をするようなものは見られないが、後宮で揚げ足の取り合いや難癖の付け合いを見てきたセシールにとっては、警戒するに越したことはない。


 しかし同時にこれは好機でもあった。


 今のエルピス村はどこの国にも属さない不安定なものであり、国の庇護を受けられないのだ。

 国からの庇護を乞うことは即ち、その保険の見返りとして納税を義務付けられることになる。

 その保険と納税の内容の如何によっては皇国と交渉し、村の保安を請け負ってもらえる、とセシールは見ていた。

 すぐさま今後の近日中の予定表を一瞥し、一日か二日ほど村を空けても問題ない日にちを確認する。


「そうですね……では三日後にそちらへ出向致しますとユークリッド様にお伝えくだ……」


「いいえ、こちらから馬車をご用意致します。もちろん、帰りも。セシール村長は丁重にもてなせと、ユークリッド様から言い含められております故」


 送迎の馬車を用意するという使者に、セシールは「何故一介の村長でしかない私を丁重にもてなす必要がある?」と声に出さずに呟く。


「分かりました。三日後の早朝に迎えが来る、ということでよろしいでしょうか?」


「正しくその通りでございます。こちらからもユークリッド様に、そのようにお伝え致しましょう。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。では、失礼致します」


 使者は一礼して退室し、すぐに馬を飛ばして皇国への帰路を辿っていく。

 本当にただ信書を渡し、その返事の言伝を承っただけのようだ。

 使者を見送ったあと、セシールはすぐに予定を組み立て直し始めた。




 三日後。

 日が昇るよりも前に、アルファルド皇国の国章旗を掲げた豪奢な馬車が、多数の護衛兵と共にエルピス村に到着した。


 セシールもまた、旅支度を担いで村の出入り口に待っでいた。


「(落ち着くのよセシール……村長として民を守るために、わたしは皇国との交渉を成功させなければならない。村の進退は、わたしに掛かっている……!)」


 心構えは万全だ、あとは皇国に赴くのみ。

 

 そして、馬車の中から人が降りてくる。

 現れたのは使者では無かった。


「初めまして、セシール村長。私はアルファルド皇国第一皇子、ユークリッドと申す。お会い出来て光栄だ」


 セシールの思考は一瞬停止し――まさか第一皇子自らが出向いてくるなど全く考えていなかったが、半ば反射的に片膝を跪く。


「しっ、失礼しましたユークリッド様!よもや、皇子自らが出向いてくるとは思わず……!」


「む、やはり迷惑であったか。すまなかった」


「い、いえ!ユークリッド様は何も……あっ、こほん……」


 慌てに慌てていたセシールは一度咳払いをしてから顔を上げて、もう一度跪き直す。


「エルピス村村長、セシールと申します。本日はお忙しいところに出向いていただき、ありがとうございます」


「良い。セシール村長、顔を上げてくれ。私は貴女と話がしたくてここへ来たのだ」


 ユークリッドは、セシールに顔を上げるように諭すと、馬車を指す。


「さぁ、こちらへ。貴女にとって有意義な時間を過ごしていただければ幸いだ」


「は、はい……」


 この人は本当に皇国の第一皇子なのか。

 それも一介の村長に対する接し方が、セシールの想像とまるで違う。

 皇子といえば、あの阿保(バルジャン)のように、身分の低い者を見下すような横柄な男だとばかり思っていたセシールは、申し訳なく思いつつ、ユークリッドのリードに従って馬車に乗り込む。




 緩やかに、しかし徒歩よりも遥かに速い馬の蹄の音と、カラカラと車輪が回る音の中、セシールは紅茶をいただいていた。

 向かいに座るのは、同じく紅茶を啜るユークリッド。


「我が皇国でも特選かつ厳選された茶葉を使った紅茶だ。貴女の口に合うと嬉しい」


 セシールは内心で、ユークリッドを警戒しまくっていた。

 ただの村長に、特選かつ厳選された茶葉を惜しみなく使った紅茶を提供するなど、後宮にいた頃のセシールの思考で言えば「有り得ない」。

 高級な嗜好品を民草ごときに惜しまず振る舞うなど、よほどの国財に余裕があるのか、あるいは、と勘繰れば。


「(これは……罠ね)」


 先んじて警戒を解かせ、ユークリッドに気を許させたところで、詐欺紛いな交渉を強いらせるつもりかと。


 とはいえ紅茶が美味しいことに変わりはないので、忌憚のない感想を述べる。


「紅茶の茶葉にはあまり詳しくないので、具体的には言えないのですが……とても美味しいです、ユークリッド様」


「そうか、それは良かった。貴女が私を警戒するのも無理からぬことかと思い、紅茶を提供させていただいたが、気に入っていただけたなら何よりだ」


 安心したように顔を綻ばせるユークリッド。


 それを見てセシールは戸惑うが、決してそれは表には出さない。


 そう、"交渉(せんそう)"は既に始まっているのだ。


 わたしを見くびるな、搾取しようなど無駄だ、とセシールは心の中でユークリッドを威圧し続ける。

 しかし、当のユークリッドはセシールの臨戦態勢など察していないのか、真面目な顔つきになる。


「セシール村長。貴女のことは、私が聞き及ぶ範囲でしか知らない。だから聞かせてほしい、ボードウィン王国の子爵令嬢で、バルジャン王子の婚約者であった貴女が、何故国を追われたのかを」


 末席とは言え、セシールは元貴族だ。

 隣国の噂や情報は、断片的ながら流れているのだろう。

 セシールは僅かな時間で思考し、ありのままを話すことにした。

評価・いいね!を押し忘れの方は下部へどうぞ↓

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] こういう頭脳戦、好きです( ´∀` )
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ