13話 だからお前はアホなのだ
客室という名の元・自室に幽閉されているセシールは、基本的に何も出来ない、させてくれない。
最低限の最低限程度の衣食住は与えられているものの、この部屋のドアは外側から固定されているらしく、鍵を開けてもびくとも動かない。
出来ることと言えば、窓の外を眺めるばかり。
王都の町並みは人気がなく、死んでいる。
農民が領内から逃げただけではない、都民にも何人もの餓死者が出ているだろう。
いくらセシールの身柄を確保しようがしまいが、寂れ朽ちたこのゴーストタウンのような王都に果たして人が戻って来るものか。
このままここで幽閉されているばかりでは、いずれ最低限中の最低限の衣食住すら底をつく。
この部屋にある布という布を全て掻き集めて命綱を作り、窓から脱出でもしてやろうかと考えた時。
ふと、遠くから物音が聞こえる。
眺めていた窓ガラスの向こう側を凝視すると、馬に騎乗した兵士――それも、数えないで千人以上の騎兵隊が蹄を蹴立てながら向かってくる。
「あれは……アルファルド皇国の!」
アルファルド皇国の国章旗を掲げはためかせている。
騎兵隊は城門前近くまで来ると進軍を停止し、整然と並び立つ。
セシールの部屋からいる場所から見ても、その威圧感は尋常ではない。
すると、騎兵隊の中から軽装の兵士が降りると、何かを手にして門へ近づいて行く。
有無を言わさず門番を討ち倒して城内に雪崩れ込むようなことはしないようだが、何を目的に門に近付くのかは、セシールにも見当がつく。
恐らくはセシールの身柄の返還要求か、それも含めた降伏勧告だろうか。
ややあって、城内がざわめき始める。
「見ろよあれ、アルファルド皇国の騎兵隊だぞ……」
「じょ、冗談じゃねぇ数だ、何千騎いるんだ……」
「まさか、あんなのと戦えなんて言うんじゃないよな……」
衛兵達の不安と恐怖の声。
当然だろう、寡兵どころではない戦力でどうやって対抗しろと言うのか。
それどころか。
騎兵隊が整然と並び立つその後ろから、ぞろぞろと人間の波が向かってくるではないか。
それはやはりアルファルド皇国の国章旗を掲げた、騎兵隊の何倍もの歩兵部隊。
さらには、巨石を放り込んで城そのものを攻撃する投石車や、巨大な杭を城門や扉に打ち込んで突き破るための衝車、極めつけは、弓兵が高所から城内へ直接射撃を行うための車輪付きの櫓――井闌車までもが、ガラガラと轟音を上げながら城を包囲していく。
これから天下の趨勢を決定づける決戦でも始めるかのようなそれらは、疲弊しきった寡兵を追い詰めるにしては、あまりにも過剰な戦力投入だ。
そうまでする理由があるとすれば、
「わたしを取り返しに来たんでしょうね……」
というかそれしか考えられない、とセシールは顔を引き攣らせる。
それもあるだろうが、絶望的な戦力差を見せ付けることで、相手の戦意を喪失させ、無条件降伏を要求させるためでもあるだろう。
矢一本でも向ければ、この城を完全に破壊し、城内の人間は皆殺しにするぞ、と言う意味合いも込めて。
この戦力投入を決定したのはユークリッドか、彼の父たるエルギスか、あるいはその両方か。
いずれにせよ、第一皇子の妻一人を取り戻すためにしては、やる事があまりにも過大だ。
けれど、ボードウィン国の陛下であるゴードンならばこの状況を見て取れば、「勝てるわけがない」と諦めついてくれるだろう。
もう少しだけ間が空くと、セシールの部屋のドアがガチャガチャと音を立て、開け放たれる。
「セシール!無事か!?」
親衛隊を護衛にした、ユークリッドが部屋に駆け込んで来る。
「はい。ユークリッド様、わたしなら大じょ……わぷっ!?」
大丈夫ですと言いかけたところで、思い切り抱き寄せられ、ユークリッドの胸板に顔を埋め込められてしまう。
「良かった……貴女が無事で何よりだ……」
「ふわわわわわっ、あのっ、ユ、ユークリッド様っ、みんな見てます……っ」
「見ているからといってどうと言うことも無い。夫が妻を愛するのは当然だからな」
「そそっ、それはそう、そうですけど……!」
セシールとしてはものすごく恥ずかしい。
それに、
「……ぁっ、ユ、ユークリッド様っ、待ってくださ……」
何かを思い出したセシールは、ユークリッドから離れようとするが、背中までしっかりきっちりホールドされているため、全く離れられない。
「待たぬ」
即答三文字である。
「や、その、わた、わたし、もしかして、く、臭いかもですし……っ」
一応、幽閉の最中も湯浴みはさせてもらっていたが、十分な湯浴みとは言い切れなかった。
こうまで密着されては臭いを誤魔化せない、とセシールは焦るのだが、あろうことかユークリッドはセシールの首筋に鼻先を押し付け、深呼吸を始めた。
「スゥ……フゥ……スゥ……あぁ、セシールの香りだ。何も臭くなどない、この世で私が一番好きな香りだ」
「ふぅっ!?ぁっ、やぁっ、やめっ、か、嗅がなっ、んんっ……んぁっ、くふっ、ひぁぇっ……!?」
セシールからすれば、ユークリッドの髪や吐息に首元を撫で回されているも同然だ、ゾクゾクと背筋に快感が這い回る。
生殺しのような吐息の愛撫に曝されること十数秒、よく気絶しなかったものだとセシールは自分を褒めたくなった。
親衛隊長に「ユークリッド様、"お愉しみ"のところ申し訳ありませんが、続きは自室にてお願い致します」と言う事務的な声掛けが無ければ、そのまま快楽に身体がおかしくなるまで撫で回されていたかもしれない。
「うむ、このような豚小屋では興も削がれるな」
仮にも一国の後宮の客室を「豚小屋」呼ばわりだ。
確かにセシールはこの数日間、家畜同然の扱いでここに縛りつけられていたが。
「存外あっさり降伏を受け入れてくれたおかげで、簡単に事が進んだ。セシール、もう何も不安がることはない」
「ユークリッド様……もしゴードン陛下が徹底抗戦を仕掛けてきていたら、一体どうしたのですか」
国のトップが良識的だったおかげで無駄な血を流さずに済んだが、そうでなかったらどうしたのかと思えば。
「ん?まずは投石車で城門を破壊しつつ井闌で城内を攻撃。城門の破壊と同時に衝車と重歩兵を突入させて内部制圧。捕らえた者からセシールの居場所を拷問で吐かせ、セシールの救出後は城内の人間を皆殺しにし、ある限りの資産財産を全て奪い尽くすつもりだが?」
指折り数えながら暴挙の数々を列挙するユークリッド。
まさに情け容赦無用だ。
本当に、本当に無条件降伏を受け入れてくれてよかった、とセシールは顔を引き攣らせる。
「さぁ、帰ろう」
ユークリッドはエスコートするようにセシールの手を引き、その周囲を親衛隊が一分の隙無く固める。
セシールとユークリッドが、親衛隊と共に城を脱出した頃。
開け放たれた城門の前には、既に国王たるゴードンやその王妃、王族貴族らは丁重に護送の馬車に乗せられている。
僅かに残っていた兵士や給仕達は、アルファルド軍の後方支援部隊から食事を振る舞われ、皆美味しそうに涙を流している。
本当にまともな食事を摂っていなかったのだと思うと、セシールは申し訳なく思う。
この分なら、下手な抵抗もしないだろう。
そして最後に、
「おい!縄をもう少し緩めろ!俺を誰だと思ってやがんだ!」
後ろ手に縄で縛られた阿呆が、アルファルド軍の兵士に囲まれながら出てきた。
縄を緩めろ、離せだのと戯けたことを抜かすばかりの阿保の視界に、セシールの姿が入る。
「セシール!!てめぇが民どもを連れて行かなきゃ、こんなことにはならなかったんだぞ!」
反応しかけたセシールだがユークリッドの手に目を遮られる。
「聞くなセシール。阿呆が感染る」
「食事がみすぼらしくなったのも!魔物やコソドロが集るようになったのも!ドートに有り金を持ち逃げされたのも!全部!全部!全部!!てめぇのせいだ!!ユークリッドに気に入られたのも、身体を売ったんだろ!?この売春婦が!」
阿呆がそこまで言ったところで、ピタリとユークリッドが足を止めた。
「……セシール、先に行っていてくれ。少し、用事を思い出した」
「え?あ、はい」
親衛隊の半数がセシールの護衛に付くのを見送ってから、ユークリッドは徐ろに、なおもセシールを悪し様に口汚く罵るバルジャンに向き直る。
「全く、大人しく静かにしていてくれるなら、寛大な処置も検討しようと思っていたのだか……」
シュリンッ、とユークリッドは帯剣していたサーベル――それも儀礼用ではない、実戦用の真剣――を抜いた。
「気が変わった」
ユークリッドがサーベルを抜き放つと同時に、阿呆を拘束していた兵士が、淀みなく左右に別れて道を空ける。
「は、え、ちょっ……な、なに、を……?」
状況が変わったことにようやく気付いた阿保。
「おい阿呆。貴様は、自分が心から添い遂げたいと思う伴侶を口汚く罵られて、黙っていられるか?」
ゆらりとサーベルを構えて、両膝を着いている阿呆に向き直る。
「ちょっ、まっ、待て!セシールを悪く言ったことは謝罪する!だ、だからっ、」
「あぁ、そう言えば貴様は、『シンジツノアイ』なるナントカのために平然と婚約破棄が出来る、阿呆だったか」
目を回しながら謝罪の言葉を羅列する阿呆の声など聞こえていないし、聞くつもりもない。
「少なくとも私なら、『シンジツノアイ』などと寝惚けたことで、婚約者を選んだりはせんよ」
振り翳したサーベルの切っ先が勢いよく振り降r
ずぶぐじゅ、という耳障りな音が、阿呆が最後に聞いた音だった。
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