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白の少女

少年、月守明希ツキモリハルキは見知らぬ部屋で目を覚ました。


何が何やら分からず誘拐という二文字が頭に浮かぶ。

容姿には自信があるのでありえる話だ。

手にはいつの間にか指輪が嵌められている。


何はともあれ情報が必要だ。ハルキは周囲を見回した。

時間はまだ早朝なのか部屋は薄暗い。広さは五畳程度だろうか。側にあるカーテンはゆらゆらと揺れ、そこから爽やかな潮風が入ってくる。

地元の、日本のとある島とは違う香りだった。


何故こんな所にいるのか昨夜の記憶を振り返る。

昨夜は眠れず、夜風に当たろうと散歩に出たことは覚えている。

そのまま人気のない公園に行って、そこで——


ハッとして、すぐ横のカーテンを開いた。


すぐ目の前を何かが通り過ぎる。

それは小さな人型で、背には羽が付いている。

一瞬こちらを見やると、笑みを浮かべてどこかへと飛んでいってしまった。

呆然としながらその背中を目で追っていると、そこが街であることに気づく。

目の前に広がったのはヴェネツィアに似た街並み。

古びた白亜や赤の建物を縫うようにして、たくさんの水路が張り巡らされている。

その街を闊歩するのは、人間に似た何か。

大きかったり、小さかったり、獣の耳と尾を持つ者や、鱗を持つ者など。

大半は人間だが、それに馴染むように人外たちは生活していた。


昨夜の光景がフラッシュバックする。

雲よりも高い空に、翼を持つ少女。


昨夜、公園で月を眺めていると、何もない空間に穴が現れたのだ。

それに逃げる間もなく吸い込まれ、気圧差の影響で肺やら鼓膜やらを損傷して気を失ったのだった。


(……少なくとも、俺の知る場所ではないみたい)


世界中を旅してきたがこんな奇妙な場所は初めてだった。

人種もそうだが技術もそうだ。

ハルキが生きているということは、なんらかの医療行為がなされたということだ。

しかしいくら体を弄れど手術創すらない。まるで異世界に来た気分である。

傷が癒えているのはこの家の住人のおかげだろう。

どうやらこちらに恐怖や敵意はないらしい。

もしかしたらここではそれが普通なのだろうか。

そんなことを考えていると、不意にドアが開いた。

現れたのは、葵色の髪を後ろでまとめたスタイルの良い女性。

女性はこちらが起きていることに驚いた様子を見せるが、すぐに笑顔を浮かべる。


「おはよう。調子はどうかしら」


再度起きた理解不明な現象に、ハルキは疑問を先送りすべきだと悟った。

彼女は今、確かに挨拶と体調を気づかう言葉を口にした。

正確には、それを意味する言葉を、未知の言語で投げかけたのだ。

そしてその言葉を何故か理解できている。もはやなんでもありだ。

話しかけたということは、こちらの言葉も通じるのだろう。ハルキは意を決して口を開く。


「おはようございます。調子はいいですよ。貴方が治してくれたんですか?」

「いや、私はお金を出しただけ。治療自体は治癒師がしてくれたわ」

「治癒師? 医者みたいなものでしょうか?」


その言葉に、女性は一瞬顔をしかめた。


「……本当に向こう側の子なのね」


零すように呟くと女性は笑顔を浮かべ、色々教えなきゃねと告げた。






場所は変わってリビング。

まずは腹ごしらえからしようと提案され、ハルキは一人食卓についていた。


女性の名前はソフィアというらしい。

彼女は壁の向こうにある厨房で料理をしている。

何もしないのも申し訳ないので手伝いを申し出たが、調理器具が使えないだろうからと断られた。

何故そんなことを言われるのかというと、ここはハルキにとって異世界だからである。


街の様子を見たこともありソフィアの説明はすんなりと受け入れられた。

この世界には魔術という技術があり、多くの人種が存在する。

そして魔物と呼ばれるものと時折戦いつつ生活しているという。

まとめてしまえばファンタジー世界である。

ちなみに、言葉が通じるのは指輪のおかげなのだとか。


リビングには夜の光源と思しき蝋燭や、ガラス製品、金属を加工した道具も見られる。

電子機器などはさすがにないが、技術水準は総合的に見て地球と同程度だろう。

厨房から香ばしい小麦の香りがすることから、食べ物もある程度は同じなのかもしれない。

地球と行き来できるのなら貿易なんかも可能だろう。食料や資源もそうだが特に技術が欲しい。

魔術が物語で見るものと同じなら色々と活用できそうだ。


しかしそれは行き来できればの話。


あの穴がまだ残っている保証はない。

そもそも、どこにあるのかもわからない。

不安に感じながらいくつかのパターンを想定して計画を立てておく。

その顔がよほど暗く見えたのだろう。心配そうに声をかける人物がいた。


「大丈夫? 気分でも悪いの?」


気づけば澄んだ夜空のような双眸が目の前にあった。

思わずのけぞると全体が視界に入る。

アルビノともコーカソイドとも違う白い肌に白い髪。

着ているワンピースすら白だ。

その姿にハルキは見覚えがある。


「君は昨日の?」


昨夜のあの少女である。

背中の翼はなく今はただの少女にしか見えない。


「そうだよ。私はルナ。あなたはハルキ……だよね? 発音合ってるかな?」


ルナはすぐ横に座るとハルキの手を取る。

再度見せるパーソナルスペースを大胆に無視した距離の詰めかたにぎょっとしていると、ルナは真剣な目を向けた。


「暗い顔してたみたいに見えたけど、どこか痛むの? 私でよければなんでもするよ」


青い瞳は助けなきゃと言わんばかりに揺らいでいた。

全力で心配しているのだ。

普段であれば内心引いていたのだろうが、今は不思議と心が安らいだ。

そのせいもあってかポロリと不安の種をこぼしてしまう。


「……不安なんだ。元の世界に戻れるのかなって」

「そうだよね。一人じゃ不安にもなるよね。でも大丈夫だと思う! 穴はバッチリ残ってるし消えることもないみたい。そこまでは私が運ぶよ。今日中にでも帰れるかもね」

「本当に⁉︎」


思わず手を握り返してしまう。

自身の失態に気づきすぐさま手を離すが、ルナは喜色を滲ませた顔で頷いた。


思っていたより家族と離れていることが不安だったらしい。

異世界に来てまだ一日も経っていないが家族は心配しているはずだ。

しかし戻れるのであれば問題はない。

不安が完全に消えると、自然と笑顔を浮かべることができた。


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