この世で最も綺麗な景色
起承転結はありません。
短編詐欺に思われたら申し訳御座いません。
「生きる事を諦めたような、堕落した瞳の持ち主に会ったら伝えてくれる?帰ってきたよって」
様々な人が行き交う道端で、はっきりとその声だけは耳に届いた。振り返ると、一人の男が此方を振り向き様に薄笑いを浮かべていた。肩までざんばら髪、両目は涼しげで切れ長だった。私が目を丸くすると、返答も待たずに都会の喧騒に姿を消した。
生きることを諦めたような、堕落した瞳の持主なんて一人しか知らない。私はその先輩に電話をかけた。
――え、なに彼奴。こっち来てんの?
彼女はそう言うと、一方的に電話を切った。今日すれ違った男といい、どうして身の回りには身勝手な奴しか居ないんだ。
連絡を受け取った私は、必要最低限の荷物を持って家を飛び出した。向かう先は都内某駅、X番出口。早くしないと逃げられる。彼奴は渡り鳥なんだから。
息を切らしたまま改札を抜けると、柱に凭れ掛かるようにして、一人の男が立っていた。漆塗りの髪に、同色の瞳。出会う時の変わらぬ笑顔。胡散臭ぇ。
「遅いじゃないか。あと二十三秒遅れていたら、もう居なかったよ」
「何しに来た」
「近くを通ったからね。旅のお土産。君が欲しいと願っていた、星の砂」
指で摘むようにして、小瓶を渡す。それを受け取り、光に翳すように上下に振ると、象牙の粒が泡のように蠢く。
確かに欲しいと願った。綺麗だとも言った。でも本質はそこじゃない。お前と一緒に海を見て、綺麗だと思ったから願ったのだ。記念に欲しいと。この綺麗な砂屑だけあってもなんの意味もない。
「また……行ってしまうのか……」
「うん。ごめんね」
淡々とした言葉。薄っぺらい謝罪文。顔には張り付いた笑顔。あぁ、また此奴は……。
「欲しいのはそんな言葉じゃない!!」
必死になって裾を掴んで、歩みを止める。何処にも行かないように。置いて行かれないように。視界が霞んで行く。ボヤけて周りの世界さえまともに映しちゃくれない。君の顔までも。
「もう少し待っていてね。一番綺麗だと思った世界を君に見せたいんだ」
骨ばった指が瞼に触れる。親指で擦り落とすようにして涙を拭われた。次に見た此奴の顔は、何処か寂しげで、やっぱりとても綺麗だった。指の力が抜けていく。指の中を布が抜けて行く感触。離れて……行ってしまう……。
「次会う時は同じ景色を見ようね」
帰る時にふと思い付いたので。
自分の感情を揺さぶる程の景色を、恋人に見せたいんだと思います。
でも彼女にとっちゃ、恋人と見る何でもない日常の方がずっと大切だと思います。
次会う時は、この世で一番綺麗な景色を見れるといいですね。