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精霊会議  作者: 八瀬研
9/17

ep9.ゲームやろうよ!

「真衣様は出血多量。応急処置も間に合いませんでした。その後、皐月様は深雪様と会う事はありませんでした。」


 日は傾き始め屋上には橙色の夕日が暖かく射し込み、穏やか風が頬をなぞった。


「私は考えうる限り最悪の選択をしたのです。命令に背いて皐月様の心に消えない傷を刻み込んで人を死なせた…!

 どんな罰も受ける積りでした。ですが、罰せられたのは私ではく、石田さんでした。減給と降格処分で済みましたが、確実に彼のキャリアに泥を塗りました。

 これが事の顛末です」


 話を聞いて、呆然としていた。目の前で人が死ぬ絶望も、本当の血の赤さも痛いくらいによく知っている。

 だが、悲劇の当事者が宮本さんでなければならない理由は何だと言うのか。


「なんで宮本さんが狙われたんだ?」


 南條は難色を示した。


「…表向きには、未だその理由が分からないとされています」


 その言い回しで察した。


「神宮寺家か」


 沸々と怒りがこみ上げる。


「はい。本当の理由は誰にも知らされていません」


「――、裕翔は?」


「どこまでご存じかは分かりません」


「…それじゃあ宮本さんはまだ、」


「狙われています」


「――っ、なんだよそれ…」


 理不尽過ぎる。

 自分の心の拠り所を失った理由も、自分の命が狙われる理由も分からないと言う。


 ――神宮寺家は腐敗しきっている。人の命を弄び、自分の利益にしか興味が無い。


 南條は切り出した。


「あなたに危険は絶対に及びませんから、どうか皐月様に、三年間ずっと失われている笑顔を、取り戻して頂けませんか?」


 宮本さんは何も悪くない。俺に出来る事があれば協力するに決まっている。

 ふと、俺ではない方が良いのではないかと思った。

 ただの偶然だったからだ。

 宮本さんが転校して、城崎に秘密を聞かされ、宮本さんの本当の想いを知って、そして南條に頼まれたのも俺であった事、全ての偶然が重なっただけだ。

 俺である必要性は無く、他のもっと心優しい人間の方が良かったのだろうという考えが浮かんだ。

 だが同時に、救いとなるのなら、手を差し伸べたい、背を支えたいと思った。

 誰もいない所で泣かなければならない彼女が誰に対しても突き放そうとする理由は、彼女のやさしさだったのだ。

 宮本さんの優しさは本物だ。

 そんな彼女ずっと誰とも友達になってはならない訳は無い。

 今きっかけを作る事が出来る、俺が最も信頼できる人間は、自分だった。


「元々そのつもりだった。だから、頼まれるまでもない」

「ありがとうございます」

「むしろ、許可をもらえて良かった」


 屋上の風は凪いだが、少し肌寒かった。


「そろそろ戻りましょうか」

「そうだな」




「失礼します」「失礼します」

「お帰りなさい。遅かったじゃない。あら?宮本さんは?」


 城崎は机で作業、初宮は紅茶を飲みながら参考書を読んでいたのだろう。他はわいわいとゲームを楽しんでいる。


「南條が帰らせた」

「…」

「結構仲良くなったのね。良かったわ」


 城崎はふっと笑った。そして何も訊かなかった。


「城崎は…、いや、何でもない。後で」

「ええ。分かったわ。学校案内はまた明日でいいかしら」

「はい。私が説得しますのでお願いします」


 そこへ一段落ついたのか安曇がソファから身を乗り出した。


「みんなもゲームやろうよ!」


 城崎に目配せされて南條を見た。


「いえ、した事がないので…」

「何事も経験だよっ」

「男なら拳で語ろうぜ」


 天上も座ったままコントローラーを差し出した。二人の圧が強い。その隣の紅川は天上との一騎打ちで惜敗したようで、頭を抱えている。

 そもそも、学校にテレビゲームを持ち込む事自体校則違反のように思える。というか職権の濫用だが、巧妙に隠しているようだ。

 断る理由も無いからコントローラーを受け取ってソファに座った。

 そして面を食らっていた南條も早々に折れた。


「わ、分かりました」


 護衛は詩織さんのように堅いイメージがあったが、南篠は意外とフランクだった。敬語と姿勢は崩さないが。


「裕香と白花もやろ~よ~」


 安曇がダメ元で誘った所、思いがけない事に、城崎は了承し、初宮もそれならばと同意した。


「一回だけよ」

「え⁉やったぁ!」「おっしゃ」


 安曇は飛び跳ね天上はガッツポーズをした。彼女達がゲームを得てから凡そ三年、二人がゲームをすると言ったのは三回目くらいだ。南條との親睦を深めるためだろうか。


「へえ。最近のゲーム機って七人も遊べるのね」

「八人まで遊べるよ?」

「凄いわね…」


 素人三人の基本操作の講義が始まった。




「あら白花、体揺れてるわ」

「…」

「裕香もよ!てちょっとなんであたしだけ狙うのよ!」

「さっきぼこぼこにされた恨み」

「あたしは強くなりすぎた…。誰かあたしを殺せる奴はいないのか…」

「私が引導を渡しましょう」

「ほら、あたしもう一基しかないんだけど⁉」


 素人の初宮と城崎がうまくキャラをコントロール出来なかったり、思わずツッコミを入れた紅川を本気で狙う安曇に紛れて攻撃したり、南條が初めてとは思えない上手さで天上と別次元の戦闘を繰り広げたり。


「ん~もう一回!」


 声を上げたのは城崎だった。




 チャイムが鳴り時計を見ると時刻は既に最終下校時刻の六時半を回っていた。外は翳んだように真っ暗だ。

 生徒会メンバーは帰る準備を進めている一方、俺は手持無沙汰にしていた。とりあえず、生徒会室の外で待とうと扉を開けたところ、


「みんなで帰るから待っててね」


 荷物をまとめている城崎に念を押すように言われた。

 外で窓際の壁に寄っかかりながら待っていると、横から声をかけられる。


「湊君、宮本さんの様子はどうでしたか?」


 暗闇の中でも目を惹く銀髪が視界に入る。心配そうに窺う声音だ。


「…泣いてた」

「――、そうですか」


 その声は廊下に優しく響いた。


「待たせたわね」


 城崎が生徒会室のカギを閉め終えると、全員で昇降口に向かった。

道中の彼女達の話題はゲームの話だった。


「それでは、私はこちら側ですので」

「ええ、暗いし気を付けて。また明日」

「またゲームやろうぜ」


 天上も笑みを浮かべている。


「またね」「さようなら」「また明日」


 校門を出てすぐの丁字路で南條と別れた。

 空は星が見えない程暗かったが、代わりに街灯が明るく照らしていた。


「今日の夜ご飯って何~?」

「うーん。カレーかしら」

「お、まじで?」

「私甘いのがいい」

「まったく、なぎは子供なんだから」

「大人だって甘いのが好きだもん!」


 紅川と安曇が言い合う。そんな二人を余所に、俺は城崎の隣に並んだ。


「城崎」

「何かしら?」


「城崎は、宮本さんの三年前の事は知っていたのか?」

「そうね、実を言うと詳しい事は知らないの。私が知ってるのは、あの子の初めての友達が死んでしまった事だけよ。その理由も経緯も全く知らないの」

「そうだったのか」


 少し意外だった。城崎が現れたのが四年前、誘拐事件が起きたのが三年前だから、知らなくてもおかしくはないが、城崎なら知っているような気がしていた。


「帰ったら、俺が聞いた事を話すよ」

「…お願いするわ」


 また少し歩いてから、四年も会っていない城崎が、どうして宮本さんが優しいと言い切れたのか少し気になった。


「…なあ。城崎はどうして宮本さんが優しいって分かったんだ?」

「それは難しい質問ね…」


 んーと手を添えて、城崎は空を見上げた。


「時が経ってもあの子の本質が変わっていないから、かしら」

「それってどういう――」

「分かるのよ。姉だから」


 しみじみと城崎は呟いたのだった。




 城崎は四年も宮本さんと、死んでも化けて出るくらい心配していた妹と会っていなかったのだ。どんな思いでそれに耐えていたのだろう。

 俺が彼女を、いや今となっては城崎だけではなく、未だ皆を縛り付けているのだ。

 俺はそんな単純明快な事実を今更理解したらしい。

 自分のお飯事(ままごと)に散々付き合わせておきながら相手の気持ちを考えない子供のようだ。もっと早く気付けなかった自分が恥ずかしい。

 その上人の悪意は良く見えるくせに善意には気が付けないから全く困る。その点に関してはまだ子供の方が良いだろう。

 だから今度は俺が彼女達の願いを叶えよう。

 お節介にならない程度に。




△▽△▽△▽△▽




「白花」


 気遣うように城崎が声をかけた。


「なんですか?」


 初宮は振り返らないまま玉ねぎをみじん切りにしていた。大きくすると安曇が玉ねぎを除けてしまうのだ。


「…どうしたの?」


 城崎が野菜の下準備をして初宮はその野菜を受け取る。


「玉ねぎ、冷蔵庫で冷やしておくべきでした」

「…」


 そして黙々と切って玉ねぎを鍋に入れた。


「もう玉ねぎは切り終わりましたから大丈夫です」

「そう…」


 次に初宮はニンジンを乱切りにして、その後も何も言わずに作業を進めた。

 やがて包丁がまな板を叩く音が止まった。


「ダメなんです…、私、」

「白花…」

「ダメだって分かっているのに、好きなんですよ」


 初宮は濡れたままの手でYシャツの胸元に手を添えた。


「ダメだって思うほど、好きになっちゃうんです」


 城崎が初宮の目尻をそっと拭うと、添えられた右手を伝ってフローリングを濡らした。


「…一緒にいる女の子は、私がよかったな」


「…それは――」

「ごめんなさい。私も分かってます」


「…それでも私が、」

「裕香は悪くありません。むしろ感謝してますから」


 初宮は笑顔を作った。

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