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精霊会議  作者: 八瀬研
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ep6.友達は、殺される

 生徒会室は本館の四階、俺たちのクラスは二階にある。とりあえず、階段を降って各階をしらみつぶしに探したが宮本さんは見つからなかった。

 移動教室で使うことが多い南館やそのさらに南に建てられた新館に行ってしまったのかもしれない。新館には文化系の部活動の部室があるから生徒会室もあると考えた可能性は十分ある。

 一階のテニス部の声が響く連絡通路を通って南館に入り、一階から四階まで各教室をしっかりと見て回った。だが見つからず、せっかく上った階段を再び降る。


「はぁ、はぁ。」


 どこにいるんだ。校内を走り回るなんてなんの罰ゲームだ。初夏にしては暑く、制服の内側に着ている体操服には汗が滲む。やはり校内は走るべきではないと胸の内で不平をこぼしながら、一階を探し終えて新館に向かう、その途中だった。


「あれ?壮太、どうしたの?」


 日が差し込む連絡通路の先に佐倉の姿を見つけた。本当にちょうどいいところに来てくれた。新館から出てきた佐倉は宮本さんを見かけているかも知れない。


「佐倉は宮本さんを見なかったか?」


 校内で車椅子は他にいないから、もし見かけていたらすぐに気がつくだろう。


「うーん、見てないかなぁ」


 人差し指を口元にあてながら考える仕草は普通の男子がやると違和感があるが、佐倉のそれはとても板についていた。


「そうか…」


 見かけていたら楽だったのだが、そううまくもいかなかったようだ。


「佐倉は何してたんだ?」

「ふんふん。なるほど。分かった」


 佐倉は俺の方を向いているにも関わらず一人相槌を打ち始める。佐倉が何階にいたのか訊きたいのだが、俺の質問はもう届かないようだ。俺に喋っているのか精霊に話しているのかまったく紛らわしい。


「場所が分かるって」


 場所が分かる…?宮本さんの場所が分かるのか!思いがけないアシストだった。


「まじか助かる!」


 なるほど精霊の目撃証言を集めれば百人力以上だ。どれくらいの精霊がいるのかは知らないが便利過ぎる。


「うん。ちょっと待っててね」


 そう言うと歩は指先を合わせて、目を閉じた。何をしているのだろう。合わせた指先から魔力の波動を感じる。

 やがて一分ほど経つと、突然、佐倉の掌中で発光現象が発生した。まだ太陽が出ているにも関わらず鮮やかな緑色に発光するそれは、すると徐々に光度を下げ、ついには消滅した。


「ふう」


 歩は息をつき、手を下げた。


「さっき本館の屋上で女の子を見かけたって」


 どうやら見つかったらしい。


「えっと…、今のは何してたんだ?」

「ん?ああ。これは交換条件だよ。情報の代わりに魔力を差し出す。知能が高い上位の精霊にはよくある事だよ」


 交換条件と聞くと幾分か物騒に感じられる。


「大丈夫なのか?」

「大丈夫って何が?」

「疲れないか?」

「これくらいどうって事ないよ」

「そうか。ありがとな」

「どういたしまして。頑張って」

「そっちも頑張れよ。その…、なんかいろいろ!」


 小さく手を振ってきた佐倉に対して手を振り返し、俺は本館に向かって走り出した。

 屋上なんて場所にいる可能性は全く考えていなかった。道理で校内を探し回っても見つからなかった訳だ。もっと早く佐倉に聞くべきだった。

 今更後悔しても遅いが、あのままあてもなくただ走っていても、屋上には行かなかったのだから遅くても佐倉に会えて良かった。


 そもそもなんたって屋上にいるんだ。さすがに生徒会室ではない事くらい分かっているだろう。なるべく人の少ない所に行きたかったのだろうか?

 考えれば、俺は宮本皐月という一人の少女の素性をまるで知らなかった。俺は彼女にとって赤の他人に等しい。

 城崎は宮本さんは優しいと言っていたが…。


 その時、一つの可能性に思い至った。


 無口で、冷たくて、無機質で、無関心で。そんなの普通じゃない。

 普通じゃないんだ。

 連絡通路を通り終えると、足は更に駆けていた。


「はあ、はあ。」


 何度目とも分からないが階段を駆け上っていく。一階、二階、情けない事にスピードは体力とともに減衰してゆく。

 汗をぬぐってようやく屋上の扉の前に到着すると、半ば物置と化したそこは閑散としており、埃のにおいが立ち込めている。


「はぁゴホッガハッ」


 乱れた呼吸でそれを吸い込みせき込みながらも重い扉を押し開けると、外の風が扉の隙間から入り込んだ。


 佐倉は、宮本さんは明るい性格だったと言っていた。

 城崎は、宮本さんはとても優しい子だと言っていた。

 城崎の言う事が本当なら、宮本さんは一人屋上で。


 今日の屋上は風が強かった。風の中で目を凝らしながら見回すと、屋上の隅、フェンスの影に宮本さんはいた。


 その小さな背中は震えていた。


 強風で何も聞こえないが、ワイシャツの袖で顔を拭いながら、子供のように嗚咽を漏らして泣きじゃくっている。喘ぐように、溺れているように。

 なんと声をかければいいのか分からないけれど、足を進めた。放っておいてはいけない、声をかけるべきだという事だけは分かった。


「宮本さん」

「…」


 何も思いつかないまま名前を呼んだ。彼女は気付くと肩を震わせた。やはり無視されるのだろうと思ったが、やがて彼女は嗚咽を押し殺した。


「…来ないで」


 だが理由を聞かなければ止まる事は出来なかった。


「やめて!」


 ヒステリック気味の、叫び声ともとれる発声。彼女は再び決壊したように、痛哭に涙を流した。

これだけ近づけば激しい吐息も良く聞こえる。

 乱れた呼吸を抑えるように、胸を押さえながら言った。


「大丈夫、だから…」


 高く掠れたような声はあまりにも小さい。大丈夫には見えないのに、何が彼女にそうさせるのかを知りたかった。


「宮本さんは優しいんだ」


 車椅子の隣で立ち止まって見ると、激しく涙にむせぶ彼女の横顔はぐちゃぐちゃだった。髪が頬に張り付き、鼻水も止まらず、滴った涙がスカートを濡らしている。


「わ…、わたし、わたしは…」


 止めどない涙と過呼吸で彼女の声はほとんど言葉にならなかった。余程つらかったのだろう。

 すぐ近くに立つ俺は、ただ号哭が収まるのを待つ事しか出来なかった。

 気まずさと、何もできない浅はかさを自覚した。




 やがて宮本さんの涙は落ち着き、屋上には遠くから微かに部活動の掛け声が聞こえるようになる。

 何か言うべきだとは理解していたが、堂々巡りの考えから端緒を見つける事が出来ない。

とにかく何か言わないといけないと思い、そのまま口走った。


「友達になってくれ」


 焦りから前提をすっ飛ばしたようだったが、確かに友達で無しに相手の事を聞きだす事が出来るのだろうかと、言ってからも同じように思案を繰り返した。

 まるで告白のようだ。

 宮本さんは下を向いたまま、息を吸い込んだ。そして口を開こうとして、そのまま息をはいた。


「…私の友達は、殺される」

「…誰に」

「分からない」

「なんで殺されるんだ?」

「分からないよ!」


 荒げられた声が響く。


「…俺は殺されない」


 宮本さんは下げていた頭を少しだけ上向かせた。


「…なんでそんな事が言えるの」


 もうやめてくれと続けそうな、陰鬱の中に悲痛な感情を閉じ込めたように細い声だった。


「いつ誰が敵になるかも分からない。私と関わればもう取り返しがつかなくなる。もう構わないでよ…。だから言ったのに、」


 そうして彼女はまた咽び泣いた。


「私は、学校に行くべきじゃなかった!」


 宮本さんの袖は一向に渇きそうにない。蟠る感情が涙となって流れているようだった。

 城崎の言った通り、やはり宮本さんは優しいのだろう。俺だったら他人に当たっていたかもしれないし、自責などせずに開き直っていたかもしれない。


「俺は、宮本さんと、友達になりたい」


 恐る恐る口に出した。少し自分の動機が不純に見えたからだ。頼まれて友達になる、可哀想だから友達になりたいと思った。それが無償の友愛のような、純粋で無垢な本心から来ているとは思い難かった。だから、目の前の人を悲しませたくないという本心を頼みにして思いを告げた。


「な、何それ…」

「話を聞いて、自己責任だと思ったから」

「ふざけないでよ…!」

「本気だ」


 宮本さんは何も言わないまま車椅子を動かした。くるりと向きを変えると一瞥もくれる事なく去っていった。俺はそれを見届けるしかなかった。

 客観的に見て、過程を飛ばし過ぎた。こういう時に上手く口が回らない自分が本当に嫌だ。

 恥ずかしさの余りに頭を抱えた状態で、これからどうすれば良いのかとフェンスに寄り掛かった。

 兎にも角にも、宮本さんの事を知れば何か良い解決策が見つかるかも知れない。


 城崎に訊いてみようとフェンスから立ち上がった時、屋上の鉄扉が開いた。

 すると、見覚えのない黒縁眼鏡の男子生徒がこちらに歩いてきた。戸惑う俺の前で立ち止まると、軽く礼をした。


「初めまして、湊壮太さん。G組に転校した南條龍樹です」


 南條と聞いて宮本さんの護衛だと思い至る。南條は細身ながらも体幹がしっかりしているのか、芯がぶれることなく動きの一つ一つが洗練されているように見える。


「は、初めまして」


 詩織さんを前にしているようで緊張して舌が上手く回らないが、親しみやすい印象を受ける。


「皐月様の身辺の手伝いをさせて頂いております。生徒会長から話は伺っております」

「そ、そうですか」

「同級生ですから砕けた話し方で構いません」

「そ、そうか。じゃあそっちも」

「私は一介の従者ですから」

「そうか」


「…」

「…」


「皐月様の事が気になりますか?」


 南條は核心を切り出した。


「中学二年生の十月の事です。一年生の頃から仲の良い友達がいらっしゃいました。初めての親友と呼べる御友人でした」

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