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精霊会議  作者: 八瀬研
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ep5.とても優しい子だったわ

 ひたすら勉強をした土日を挟み、再び月曜日が巡って来た。

 いつものごとく七時半に起床し、だらだらと着替えてから顔を洗ってリビングに入る。


「あ、おはよー!」


 安曇は意外にも寝起きがやたら良く、朝からテンションと声がやたらと高い。何が楽しいのか毎朝テレビの前でdボタンの運試しの為にスタンバっている。

 城崎はベランダで洗濯物を干していて、朝食の並ぶ食卓に向かえば初宮がキッチンで食器を洗っていた。


「おはようございます」

「おはよう」


 テーブルについて、朝食を口に押し込みながらテレビを眺めた。

 しばらくすると制服に着替えた天上、次いで紅川もリビングに入って来た。

 やがて城崎と初宮も家事を終え、城崎がおはようと言う。


「湊君、学校案内の話覚えてるかしら。今日決行できそうよ」

「そうか。けどそんなに校舎知らないんだけど、」


 勉強で集中が切れた時、どう学校案内をすべきか考えてはいたが、結論が出ないまま放棄した事を思い出す。


「そこは手伝うから安心して」


 それなら俺は必要ないだろうと思う事もあるが、協力すると言った手前やるしかない。


「…分かった。と言うか学校案内は転校前にやるものじゃないのか?」

「学校側がオファーした時にね、向こうの予定が合わなかったらしいわ」

「なるほど」

「だから少し遅くなっちゃったけど今日やる事にしたの」


 放っておいても自然に分かるようになるはずだが、引き受けた手前やるしかない。


「それと、昨日の話は秘密にしておいてね、裕翔君にも」


 そっと唇に指をあてたその仕草は少し古臭い。


「分かってる」

「それじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 城崎と初宮は二人で一足早く出ていった。

 しばらくすると安曇達も赤にすべきだったとか言い合いながら家を出ていった。

 俺は一人、自分の使った食器を洗う。


「姉妹か…」


 ずっと考えていたが、やはり城崎が言った事は非現実的で容易には受け入れられない。口に出してみても実感に欠ける。俺は彼女達の年齢や本名すら知らないらしいのだからおかしくて笑ってしまう。


 城崎は死んでも化けて出る程に宮本さんの事を大切に思っているという事だ。


 皿を水ですすぎ終え、タオルで手を拭くと、自分の部屋で鞄を背負って、忘れ物がないかと見回した。すると伏せられた写真立てが目についたのは、俺も少しノスタルジックになっているのからしれない。


 埃のかぶったままのそれを立てようとして手を伸ばし、埃の付いた手をまた手を洗うのも面倒だからやめた。思い出の写真がほんの数枚しかないなんて事が無いように、全員で写真でも撮っておいた方が良いかもしれないとかなんとか思案しながら、今日も登校しなければならない。





 教室に入れば、隣の席に宮本さんはいた。手元の本に視線を落としている。

「何の本を読んでるの?」とか、「昨日はどうして休んだの?」などと聞く勇気は無かったが、せめて挨拶はしようと奮った。


「おはよう。宮本さん」


 宮本さんは怯えたように肩を震わせ、


「…」


 無視だった。

 居たたまれなかったから、出来るだけ何ともない風を装った。転校初日もこんなやり取り、もとい一方通行だった。

 姉妹間で社交性が違い過ぎるのではなかろうか。





 その後も俺はまあ頑張ったと言っても良いのではなかろうか。チャンスがあれば話しかけた。

転校生がいるからか張り切った数学の教師が、問題を近くの人と相談して考えてよいと言った時には話しかけた。

 解を証明せよと言われた時も、その証明の理解を確認しろと言われた時も。

 だが大方、


「宮本さん、これ…」


 宮本さんはもはや何の反応も示さず、俺の語尾は萎むばかりだった。

 盛んに話し合う教室の中で、俺達の半径一メートルは寂れていた。





「今日はやけに積極的だな」

「陰キャを卒業するんだよ俺は」

「陰キャが二人いても陰キャだよ?」


 佐倉の指摘は的確でただでさえ傷だらけの心を抉られた気持ちになる。

 そして弁当を開けると一面白米だった。掘り起こしても白米。昨日もそうだったから薄々悟っていた。佐倉は妙に感心し、裕翔は他人事だと思って笑った。


「凄くショックなんだね。ふりかけあげるよ」

「俺もふりかけをあげよう」

「…ありがとう」


 有難く二種類をふりかけた。


「で、今日はなんで頑張っているんだ?」

「…頑張ってるってほどじゃない。知り合いに頼まれたんだよ。仲良くしてほしいって」

「知り合いって?」

「壮太に知り合いいるんだ」

「いるわちょっとくらい」


 二人とも口を揃えて俺の知り合いの存在を疑うが、間違ってはいない。


「珍しいな」

「コミュ力ないのにね」

「その知り合いが宮本さんはもっと明るかったって言ってたんだよ」

「へぇ」

「…そうなんだ。うん。精霊もそう言ってる」

「なんで精霊がそんな事まで知ってるんだよ」

「この子は守護霊みたいなものだよ。時々気に入った相手にとりつく精霊がいるんだ」


 どの子か見えないがもはや何でもありだ。裕翔も驚いた顔をしている。


「陰で助けたり守ったりする事もあるんだ」

「なんでそんな事するんだ?」

「え?うん。うん。なんとなくだって」

「適当だな」


 とは言え説明されてもどうせ理解が及ばないだろうから一々気に留めない方が良い。


「まあ俺も手伝えることがあったら協力するよ」

「うん僕も」

「できればもうお前が仲良くなってくれ」


 こうして一緒に昼食をとっているが裕翔は学年も超えて顔が広い。なんなら俺が一緒にいる事で価値を貶めているまである。

 だが裕翔は首を縦に振らなかった。


「俺は湊のコミュ力が鍛えられるのを期待してるよ」

「コミュ力の問題なのか…?」


 おそらくコミュ力のある人間は宮本さんとは話そうとしない。コミュニケーションは一方通行では成立しない。

 そもそも、友達になってくれと頼まれてなろうとするのも変な話だから仕方が無い。


「アドバイスくらいならできるよ」

「分かった。超期待しておく」

「僕もそれなら役に立ちそうだよ」


 佐倉はコミュ力がありすぎて一人で話しているくらいだ。本人もそれを自覚しているらしい。


「…佐倉の場合ほとんどプライベートの侵害だけどな」

「いやあ。それは一部のおしゃべりな精霊だけだって」


 笑い事ではない。後ろめたい事も恥ずかしい事もそうでなくても大抵バレる。

 高校入学当初の自己紹介の時、一発屋のモノマネを振られた事がある。もう心臓が止まった。少し、本当に少し鏡の前で練習しただけの秘蔵だったのが知られていたからだ。クラスメイトの面前で素っ破抜かれた後は記憶から消し去りたい。





 ついに決戦の放課後がやってきた。


「宮本さん一緒に生徒会室に…」


 既に教室を出ようとしていた宮本さんを慌てて呼び止め、られなかった。聞こえていたか聞こえていなかったかも分からない。宮本さんは無視を決め込んで行ってしまった。

 とそこで、少し周りが静かになっているのに気付く。声が大きかったようで、何度目とも知れない恥ずかしさといたたまれなさだったが、何とか振り払い宮本さんの後を追いかけた。

 追いつくと、不意に、宮本さんは振り返りも止まりもせずに言った。


「ついてこないで」


 水鉄砲で冷や水を浴びせられたようだ。だが、どうしようもなかった。

 宮本さんがエレベーターの方へと去って行ったのを見届けてから、俺は階段を昇った。





「失礼します」


 ノックしてからドアノブを捻って引いた。あまり気にしていなかったが、生徒会室のドアだけは何故かスライド式のドアではない。開けると城崎がやはり紅茶を入れていた。


「あれ?湊君だけ?宮本さんと一緒に来なかったの?」


 城崎が言う通り、宮本さんはまだ到着していないらしかった。てっきり俺より早く着いているだろうと思っていた。

 俺はなんと言おうか考えていると、さすがは生徒会長、いろいろと察したらしく、大きなため息を吐いた。


「はぁ~。あの子は人見知りなの…。それでいて寂しがり屋なんだから。根気強く接してあげて頂戴」


 そうは言うものの、流石に物申したくなった。寂しがり屋ならああまで強く人を寄せ付けなくてもいいだろう。


「俺思いっきり無視されてほとんどストーカーみたいな扱いされたんだけど…」


 すると城崎はとんでもない事を言う。


「女の子は口ではいやいや言っていても本当の気持ちはその逆って事もあるの。」

「…」

「まあ、それ程じゃないにせよ宮本さんは、あの子はとっても優しい子よ。少なくとも理由もなく誰かを傷付けるような言動はしないわ」

「それは…」


 過大評価ではないだろうか。少なくとも俺の印象とは異なった。

 俺もそうだが、移動教室の時には和泉さんは宮本さんを助けようとして即拒否された。それも大勢の前だ。本人は多少なりともネガティブな気持ちになったに違いない。


「私はあなたに会う前、死んでから彼女を見守ってきたのよ。多分。見てきた限りはとても優しい子だったわ」


 俺に会う前、死んでから…?いやその前に、


「多分ってなんだよ」

「記憶があやふやなの。今思えば本当に何も分からなくて、生きているか死んでいるか、自分が誰かすら分からなかったと思う…。もっと言えば、本当に存在していたかだって怪しい」


 そこで城崎は言葉を強めた。


「けれど、今私の中にある記憶は多分ほんとう。そうじゃなければあの子を見ても気付かなかった」


 聞くと、突如として彼女の在り方が儚く崩れそうに思えた。彼女達は悠久で、無限の存在だと手前勝手に決め込んでいた。


「城崎は、結構簡単に消えるのか?」


 本人に聞くのは失礼だと、ともすれば傷付けるかも知れないとは承知していたが、訊かないではいられなかった。


「なんか少しおかしな質問ね」


 城崎はやはり苦笑した。


「私思うの。精霊って言うより生霊って言った方が正しいんじゃないかしらって。私達は言うなれば魂と記憶だけの存在ですもの…」


 城崎が肯定しているように捉えられた。


「城崎は、怖くないのか?」


 直ぐに馬鹿な事を訊いたと思った。消える事も、自分のアイデンティティが朧気な事も怖いに決まっている。


「それでも私は、未練が残ったままなのに死んでしまう事の方がずっと怖いの」


 その言葉はストンと胸の中に入っていった。一本筋の通った彼女らしいと思った。

 死んでまで成し遂げたい事…。それは死んでも成し遂げられる事でもあるのだろう。きっとそれが、宮本さんを見届ける事なのだろう。


「少し話が逸れたわね。まあ、だからあの子は…、優しい子だから。私を信じてもう少し根気強く接してあげてほしいの。お願いします」


 そう言って城崎は頭を下げた。それは自分の為と言うより宮本さんの為に頼んでいるようだった。いずれにせよ腹は決まっている。


「当たり前だろ。お前に頼まれて断るわけが無い。変な気分になるから止めてくれ」


 城崎は頼んでいないのに世話を焼くような奴だ。散々世話を焼かれた俺が彼女に頼まれて断る事などあり得ないのだから、そう低頭されると調子が狂う。


「ありがとう」


 そう言って城崎は顔を上げた。俺は何だか恥ずかしくて目を逸らした。

 やがて城崎が空気を換えるように切り出した。


「そう言えば転校生はもう一人いるのだけれど、その話は聞いたかしら?」

「あー、えっと…なんとかって言う…、眼鏡の、」


 名前は思い出せないが、佐倉がインテリ系イケメンとか言っていた気がする。精霊が怯えているとも。


「ええそう。名前は南條龍樹君。確かに眼鏡かけてるわね」

「宮本さんの護衛だろうって佐倉が」

「あら、そんな所まで知っていたの?そう、護衛だから話は通してある、て貴方に伝えておきたかったの。それにしても宮本さん遅いわね」


 時計を見ると三時四十分前、ホームルーム終わるのは二十分だからとっくに到着しているはずの時間だ。

 迷子か、それとも既に帰宅してしまったか。


「湊君、探しに行ってもらえるかしら?」

「…城崎は行かないのか?」


 やはり城崎の答えは変わらなかった。


「私はただ見守るだけ。宮本さんに幸せになってほしいだけだから。私は、あなた達とは違うもの」


 城崎は自嘲するように笑った。口癖のように自己と他者に線引きをして、二者は絶対に関わらないべきものとする。


「…いい加減そういうの、やめにしないか」


 だが、


「やめないわ」


 城崎の柔らかい声に反して意志は固く、やはり彼女の心組みは変わる事がないのだろうと思った。


「そうか」


 その一言が彼女にどんな印象を与えたか分からないまま俺は生徒会室を後にした。




△▽△▽△▽△▽




 城崎の指先は意味もなく机の木目をなぞっていた。

 そんな時、生徒会室の扉が開いた。


「あら、いらっしゃい。珍しく早いわね」


 現れた生徒は眩しい金髪を揺らした。威圧するような歩幅で城崎に接近し、身をかがめるようにして同じ目の高さで、唐突に言い放った。


「泣いてんぞ」


 微かに息がかかった。


「…泣いてないわよ」

「ったく」


 天上は離れると大きな動作でソファに座り、粗雑に踵で靴を脱ぎ、横になる。そして見せつけるように大きくため息をついた。

 城崎は決して涙を流してはいなかった。


「無理に我慢する必要ねぇだろ」


 それはいつもの人を喰ったような態度ではなかった。城崎は真摯に自分に向き合った上で応じた。


「怖いのよ。今の私を見ても分からないわ」


 その顔には苦笑は無い。


「分かられようとしなければ分かんねぇよ」


 天上は胸元のペンダントをいじる手を止めて頭の後ろで組んだ。


「最後に会ったのは、あの子が6歳の時よ。幼稚園の年長で小学校入学前。十年以上前の事なんだもの」

「…お前はそれでいいのかよ」

「それに私は恨まれてる」


 城崎の表情に差す影が増した。


「だったら、なおの事、話すべきなんじゃねぇのか」


 城崎は答えなかった。


「いじっぱりめ」

「知ってたでしょう?」


 城崎はいたずらっ子のように笑った。


「はあ。後悔はするなよ」

「それは――」


 コンコンコン。ガチャリ。言葉を遮った。


「失礼します」


 鈴のなるような透きとおった声。初宮が顔を出す。


「いらっしゃい」

「お話し中でしたか?」

「ちょうど終わった」

「そうですか。湊君と宮本さんは?」

「宮本さんがどこか行っちゃって湊君はそれを探しているわ」


 城崎は困ったように笑って言った。


「どこか…?」

「美里となぎが来たら、私の話をしてもいいかしら?」

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