父が死にました
中国の武漢という街で、未知なるウイルスが発見され、人を死に至らしめる恐ろしい感染症が街中に拡大しているというニュースが、この国に流れる少し前のこと、僕の父は死にました。
急性肺炎による、あっけない最期でした。健康だけが唯一の取柄だった七十代の父の急死に、僕は激しく狼狽しました。
最近になって知ったのですが、あの頃にはもう、新型コロナウイルスが何らかのルートで国内に持ち込まれていて、既に水面下で感染が拡大していたのではないかという説があるようです。
それが本当であれば、僕の父は新型コロナウイルスに感染して死亡した可能性があります。症状が、新型コロナウイルスのそれと、酷似する点が多くありましたし。まあ、今となっては確かめようのないことなのですが。
父は、その死の間際に最期の力を振り絞って、病床から僕の就職先を探しました。自分の生涯で思いつく限りの人脈とコネを使い、四十七歳にして一度も社会に出て働いたことのない息子を雇い入れてくれる企業を見つけました。
定年退職後も、自分の退職金と年金を日々着実に食い潰していく息子に向かい、
いい加減に父さんと母さんを許して欲しい。
お願いだから働いて欲しい。
母さんを頼む。
という三項目のことを言い残して死にました。
僕は、氷川物産という企業に就職することになりました。
父のかつての部下の、その友人が取締役の一人とのことで、形だけの面接をした日に、その場で仮採用の通達がありました。
我ながら、清々しいほどのコネ入社です。