騙されてあげる
僕も正直に話そう。
主任になら正直に話せる。
主任なら分かってくれる。
きっと許してくれる。
話したい。主任にすべてを打ち明けたい。
「主任、実は僕も、お話しなければならないことが、たくさんあるのです」
ところが、主任はいきなり右手の平を大きく開いて僕に向け、ストップの身ぶりで僕の発言を止めました。
「覆面レスラーは、リング上でマスクを被っている時が正体で、控室でマスクを脱いだ時、かりそめの自分になるそうよ。ごめんね、私、マスクを脱いだあなたに興味はないから」
「いや、でも……」
「あなたの素顔なんて、知ったことじゃないのよ。
いいじゃないの、あなたはずっと覆面レスラーで。
これからもずっと身の程を知らずに生きなさい。
いつまでも理想の自分を演じなさい。
永遠にばれない嘘を模索しなさい。
あなたは一人じゃない。
あなたの国にはもう一人いる。
私がいる。
私が騙され続けてあげる」
話をしながら感極まったようです。主任がすすり泣いています。
主任の言葉を聞いていたら、僕も思わず涙が溢れ、両手で自分の両膝を爪が食い込むほど鷲掴みにして咽び泣きました。
止めどなく溢れる涙が、小さな布マスクの繊維に次々に吸収されていくのが分かります。
「承知しました。では、主任、さっそくですが、僕がこれから三つの嘘をつきます。どれもとんでもない大嘘です。騙されてくれますか?」
「ええ、もちろんよ、聞かせて」
マスクの向こうで、じゅるじゅると鼻水をすする音を鳴らすと、主任はお道化た感じで聞き耳を立てる仕草をしました。
「島袋主任、主任は大腸癌です」
「……」
「ドクターが言うには、ステージ4。余命は長く持って一年」
「……」
「でも主任は死にません。僕が死なせません。主任は明日から僕の看護の下、正しい闘病をして、最先端の手術を受けて、必ず癌を克服します」
「いいわ、騙されてあげる」
「それから、実は、自宅で母が首を吊って死んでいます」
「……」
「発見したものの、処置に窮してしまい、母の死体をかれこれ三日も放置しています。主任、お願いです、これから僕と一緒に警察に出頭して下さい」
「了解、騙されてあげる」
「そして、これが最後の嘘です」
「何でもおっしゃって下さいな。もう、ちょっとやそっとじゃ驚かないから」
「僕は主任のことが好きです」
「……」
「大好き、みたいです。どうやら。困ったことに」
「……」
「コンビニのトイレで、主任の血便を拭いたあの日から」
「……」
「いや、あの、この気持ちは、決していやらしいものではなくて。実にプラトニックなものでありまして――」
「この嘘つき!」
主任はそう叫ぶと、僕の下半身を指差しました。
なんと、僕の下半身は、ずっと昇天する暴れ龍のままでした。
主任が勢いよくベッドから起き上がり僕に近寄ります。
僕は主任に平手打ちでもされるのかと思い、反射的に首をすくめます。
全裸の主任が僕の目の前で正座をしました。
主任の美しい仮面が、僕の醜い仮面に急接近します。
僕は恐ろしくなって目を閉じました。
主任の不織布マスクが、ほんの一瞬、僕の布マスクに触れた、ようでした。
「さあ、あなた、先ずは除菌! 消毒! それから二人で警察に行きます!」
立ち上がった主任が、上から指示を飛ばします。
目を開けると、目の前に主任の綺麗な性器。
見上げると、主任は、いつもの鉄仮面に戻って僕を見下していました。
次回が最終話です。




