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恋愛はいつだって重要緊急

 十五分も走ると高速インターチェンジ付近の、ラブホテルが多くある界隈に到着しました。


 主任は、そのうちの比較的新しくて綺麗な建物の前でタクシーを止めます。


 その後、慣れた感じで無人のロビーで入室の手続きを終えると、「さあ、行くわよ」と何だか独り言のように言いました。


 僕たちは上がり専用の狭いエレベーターに乗り、いよいよ成人男性と成人女性が、主に性行為を目的に使用する施設の一室に突撃したのでした。


 ラブホテルの一室といえば、エロ雑誌や昭和のバラエティー番組の情報から、照明はピンク一色、天井からはミラボールが垂れ下がり、壁一面鏡張りで、部屋の中央では丸形のベッドがぐるぐる回転し、その傍らに、三角木馬、鞭、ロウソク、猿ぐつわ、等のアイテムが無造作に散らばっている。と勝手に思い込んでいました。


 実際は随分落ち着いた雰囲気の内装なのだな。わ、カラオケがある、テレビゲームもある、アダルトビデオも見放題、え、マジ、料理も食べられるの、うおお、ジャグジー風呂。


 いつまでも落ち着かず、部屋中をうろうろと物色する僕とは対照的に、主任はベッドに腰を掛け、ずっと無言で、ただスカートの上から自分の太ももを静かに掻いています。


「では、合意の上ということで、あの、その、只今より開幕しますが、あの、その、準備はよろしいでしょうか」


 よし、いいぞ。がんばれ僕。がんばれ童貞。


 おっと、そうだ。僕は主任の前では経験者ということになっている。くれぐれも自分が童貞であるということを主任に悟られてはならない。


 ごく自然に、慣れた感じで、達者な雰囲気を醸し出しつつ、洗練された男の色気に酔わせつつ。がんばれ僕。さらば童貞の日々。


 足元にあるバイブレーターやローションが陳列された自動販売機を凝視しながら、主任が僕に言います。


「始める前に注意事項の確認です。まず、避妊具は必ず装着して下さい。


 あと、顔面に射精するなどの粋がった行為はやめて下さい。


 それから、あなたもご承知の通り私はイボ痔です。肛門への性器の挿入などはご容赦くださいませ。


 では、お互いに協力して出来る限り短時間で済ませましょう。


 よろしいかしら、大前提として、あなたは今、勤務中なのですからね」


 矢庭に罪悪感。


 何、この人道に反した感。


 あれ、ヤバい、いったい僕は何をしているのだ。勤務中にも関わらず、事もあろうに病院から癌患者をホテルに誘い出し、平日の朝からセックスしようとしている。


 しかもこの新型コロナウイルス過に。不要不急の外出を控えるべきご時世に。三密を避けねばならぬ毎日に。三密どころか、濃厚接触どころか、直近の女体と一体化しようとしている。


 いや、でもね、あのね、言いたかないけれど、恋愛はいつだって重要緊急なものじゃないの。よくは知らないけれどさ、きっとそうでしょう。違うの? 


 て言うか、世間の恋人たちは、このコロナ禍において、どのようにお互いの気持ちを確かめ合い、愛を育んでいるのだろう。


 世間の皆さま、ごめんなさい。


 僕は恋愛の素人なのです。


 正解が分からないのです。


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