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自己言及のパラドックス

島袋主任とホテルへ向かうタクシーの中で、僕は考えていた。

 自室に引きこもり続けたこの二十五年間、毎週購入していた成人誌や漫画以外は、書物らしい書物と真面目に向かい合った記憶がないので、恐らくこの知識の断片は、大学時代に読んだ書物の記憶だと思うのですが、一般的に「自己言及のパラドックス」という逆説があります。


 その例として、最も有名なものが、「私は嘘つき」という発言です。


 考えてみれば、この発言は大いに矛盾しています。


 「私は嘘つき」という発言が本当ならば、その発言すら嘘なのです。


 「私は嘘つき」は嘘。


 つまり私は「正直者」。


 ところが、その正直者の私が「私は嘘つき」だと発言している。


 つまり「私は嘘つき」。


 でも、その嘘つきの私が「私は嘘つき」と発言しているのであるから、つまり私は「正直者」。でも……。

 

 そう、僕は嘘つき。


 今日まで数えきれない嘘をついてきました。


 たくさんの嘘をつき過ぎて、この現実世界の、どこからどこまでが嘘で、どこからどこまでが本当なのか、何だかもうよく分からない、すっかり取り返しのつかない状況になってしまいました。


 でも最近は、それの何が悪いのだ。そもそも嘘の何が問題なのだ、と開き直ることもあるのです。


 上手く言えませんが、嘘で固めた人生だから、僕の嘘はすべて本当なのだ。それならそれでいいじゃないか。時々ふとそんな風に考えたりもするのです。


 他人に知られたくない、一刻も早く忘れ去りたい、そんな自分の暗い過去を、あえて馬鹿正直に世間に晒し、棒で突かれ、こねくり回され、まわりと一緒にヘラヘラ自嘲する。


 そんな生き方の、どこが素晴らしいのでしょうか。


 惨めで憐れで救いようのない、目を背けたくなる現実、受け入れがたい現実、でも決して逃れられない現実を、やけっぱちになって直視し続け、眼球を焦がし、脳天から煙を一本くゆらし、耐えがたい痛みに日々のたうち回る。


 そんな人生の何が美しいのでしょう。


 

 正体を隠して何が悪い!


 苦しみを誤魔化して何が悪い!


 死の物狂いで思い上がって何が悪い!


 自分ではない何者かになりたいと願って何が悪い!


 種明かしの無き人生の何が悪い!


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