辞書で大馬鹿者と調べたら、きっと僕の名前が書いてある
「島袋主任、僕とセックスして下さい!」
「は?」
「僕とセックスして下さい!」
「……うんうん、だ。か。ら。は?」
「僕とセックスして下さい!」
「いや、聞こえています。聞き取れない意味合いでの『は?』じゃない」
ああ、やはり僕は、気がふれちゃったのだ。
「これから一緒にホテルに行って、僕とセックスしてください! 僕を主任の数あるセックスフレンドの一員に加えて下さい!」
自宅で母が首を吊って死んでいるのです。そりゃあ、気も動転しますよ。そりゃあ、気もふれるってものですよ。
「僕は主任に無茶苦茶に弄ばれたい! 是非とも顔面を足で踏ん付けて頂きたい!」
な、な、な、何たる大馬鹿者。今、辞書で大馬鹿者と調べたら、きっと僕の名前が書いてある。間違いない。自分へ落胆の溜息が深く濃く長く、唾液で湿った布マスクを生ぬるく温めます。
「あなた、ほら、マスクから鼻が出ているわ」
気まずい空気を打ち破るように、主任は僕が布マスクを正しく装着していないことを、おもむろに注意しました。
「それから、その落ち武者カット、いつまで続けるつもりよ。早く丸坊主にして来いって、何度言ったら分かるのよ」
主任はあらぬ話題を吐き捨てると、ぷいっと僕に背を向け、何事もなかったようにタクシー乗り場に向け歩き出しました。
ああ終わった。明日辞表を提出しよう。
もう主任の顔を正視出来ない。
もうこの会社にはいられない。
その時です。
僕とタクシーの離隔のちょうど中間あたりで立ち止まった主任が、僕においでおいでと手招きをしているではありませんか。
丘の上に建つ総合病院の正面入口辺りの構造物一帯に、主任の大声が反響します。
「ほらー、何をぼさっと突っ立てるいのよ! タクシー取られちゃうじゃない! 行くのでしょう、ホテル!」
「え」
「早くいらっしゃい! 私とセックスするのでしょう!」