どうしようもない恋だけど
「で、ドクター、何て?」
面を喰らってしまいました。開口一番、主任が僕に問うてきます。
もう一度言う。正直に告げろ。あれこれ考えるな。僕は医者から情報を一旦預かったに過ぎない。それをただ包み隠さず本人に伝えればよいのだ。人の命に係ることだ。あなたは末期の癌です。ただそう伝えればよい。それが誠意というものだ。人の道というものだ。
「イボ痔だそうです」
おーーーーーーーーーーーーい。
「手の施しようのないイボ痔だと、ドクター、頭を抱えておられました」
嘘つき。
そう、僕は嘘つき。
そのうえクズ。
併せてカス。
腐った童貞。
いっそ僕が主任の代わりに死んでしまえばよいのだ。
運命よ、何故主任なのだ。この僕を見ろ、ここに生きる価値なき最新型の失敗作が存在するではないか。
「あら、そう」
主任は僕の嘘に、驚かず、喜ばず、安堵もせず、いつものように鉄仮面のような無表情を決め込み、白い不織布マスクの奥から、ただ小さくそう返事をしました。
「あのお、主任、退院早々申し訳ありませんが、実は折り入ってお願いしたいことがありまして」
僕は、もうひとつの問題の方から解決することに頭を切り替えました。
「お願い?」
よし、そうだ、行け、気を取り直して、主任にお願いをするのだ。
「はい、そうです。えーっと、ですね、実はー、ですね」
頑張れ。自宅で母が首を吊って死んでいます。僕はそれを三日間放置しています。僕はこれから何をどうすればよいのでしょうか。僕は警察に捕まってしまうのでしょうか。教えて下さい。力を貸して下さい。どうか僕にご指示を下さい。
そう正直に告白して、頭を下げるのだ。
「あのー、ですね」
「何よ? 早く言ってよ」
「そのー、ですね」
「嫌だ、ちょっと誰か、この人、ちょー気持ち悪いんですけどおおお」
この主任のひと言をきっかけに、僕の中の何かが弾けました。
「島袋主任、僕とセックスして下さい!」