正直に告げよう
患者は大腸癌。ステージ4。
発見が遅かった。
完治することはない。
余命は長く持って一年。
その医者の冷たい言葉は、文字通り単刀となって、真っ向から僕の胸に切り込んで来ました。
全身の血流音が鼓膜の内側に木霊します。
その後も医者が何やら話を続けていますが、血流音がやかましく、内容が途切れ途切れにしか耳に入ってきません。
僕は段々朦朧とする意識の中、主任と出会った日にコンビニのトイレで見た主任の血便を思い出しました。
最近事あるごとに、体調が優れない、と漏らしていたことを思い出しました。
いやいや、それにしたって冗談だろう。ふざけている。馬鹿げている。何だよ、このリアリティの無い現実は。
島袋さんは、本日ひとまず退院――ちょうど今退院の手続き――島袋さんの残された人生――悔い――辛い立場――あなたから――医者として――――望み――
最後までボールペンをカチャカチャ鳴らしながら、時々指の上でボールペンを器用にクルリと回転させたりしながら、その白髪の医者は早口で僕に告げるべきことを告げると、軽く一礼してそそくさと退席しました。
その後、僕は病院の正面出入り口前で主任が出て来るのを待ちました。
心地よい秋風がロータリーを旋回して僕の衣類を撫でます。
隠すな。
嘘をつくな。
あれこれ考えるな。
正直に告げよう。
僕は医者から情報を一旦預かったに過ぎない。
それをただ包み隠さず本人に伝えればよいのだ。
人の命に係ることだ。
あなたは末期の癌です。
機械的に、ただそう伝えればよい。
それが誠意というものだ。
人の道というものだ。
その時、開いた自動ドアの向こうから、午前の病院の風景にひと際目立つ主任が、モデル歩きでツカツカと僕に向かって歩いて来ます。
「で、ドクター、何て?」




