とりあえず、そのままにしてあります
母が死んで三日目の朝を迎えました。
目覚ましが鳴り、ベッドから起き、スーツに着替え、布マスクを装着し、行ってきます、天井からぶら下がった不織布マスクをした増女の仮面に向かって声を掛け、自室を出ます。
家族が首を吊って死んでいるのを発見した場合、差し当たって何をどうするべきなのか、正直僕にはちょっとよく分からないので、とりあえず死体はそのままにしてあります。
翌日の朝一番に主任に相談しようと思ったのですが、こんな時に限って、主任は体調を崩したらしく、会社を休みました。
次の日には出勤するかと思いきやまた休み。
今日も休暇であれば、主任は丸三日会社に出勤していないことになります。
心配です。そして困ったことです。今の支店に異動してからというもの、僕は他の社員とは会話らしい会話をほとんどしていません。主任以外に相談を出来る人がいないのです。
発見当時、たまらない悪臭を放っていた母の糞尿はすっかり乾燥して、排泄物特有の臭いは随分収まったように感じます。
その代わり、二日目から強烈な死臭が室内にはびこり、あとは母の体液が、体のどの穴から流れ出ているのか不明なのですが、ボタボタと止めどなく滴り落ちて床を汚すのです。
これ以上床を汚されては敵わないので、物置で見つけた大型の金タライで受けることにしました。
コン、カン、トン、母の体液が滴り落ちると、その都度、金タライが軽やかな金属音を奏でます。
発見当時は最終的に気絶する程恐ろしかったこの物体ですが、発見から三日もすると、コン、カン、トン、この金属音ですら、これはこれで風情のあるものだなと感じられる程に、僕はすっかり慣れてしまいました。
気がふれてしまったのでしょうか。
主任は今日も休み。
出勤して、会社から貸し出さている携帯電話を充電端子から抜き取る。
おや、主任からメールが届いています。
僕はこの会社に就職するまで携帯電話を持ったことがなかったので、今でもメールの操作などはおぼつかないのですが、あれこれといじくり回して、何とかそのメールを読むことが出来ました。
『おはよう。本メール確認次第、大至急下記の病院に来い』




