お母様、僕は笑っちゃいました
母は、僕の部屋で自殺をしている。
分かるのです。息子ですから。
ずっと一緒に生活をして来ましたから。
あの女は、そういう女です。
鬱とか、自殺とか、そういう周りを困らせるようなことを平気でする女なのです。
たぶん、きっと、恐らくは、自死をするなら、あてつけがましく僕の部屋でしょう。
そしてその方法は、オーソドックスな首吊り自殺でしょう。
ふーん、なるほどね。そういう感じね。そういう展開に持って行く訳ね。
胎の底から得も言われぬ苛立ちが湧き上がります。
ああ、だるい。かったるい。はいはい、見つけて欲しいのね。確かめりゃいいんでござんしょ。
僕は自室の扉を開け、ゴキブリホイホイに導かれる哀れなゴキブリのように、結構な純度の不幸が待つ空間へ、分かっていながらホイホイと入室したのでした。
「ほらね」
的中。
驚きとか、怒りとか、悲しみを通り越して、ちょっともう、何だか笑っちゃいました。
予想通り母は僕の部屋で首を吊って死んでいたのです。
部屋の中央にある内装デザインが目的で敢えて剥き出しの天井梁に、電気の延長コードを巻き付け、入口に立つ僕に背を向ける格好でぶらんと垂れ下がっています。
スカートの中から滴り落ちる糞尿が、その下にある倒れた四尺の脚立を汚しています。
屋外の物置から持ち出したこの脚立に乗って延長コードに首を掛けたのでしょう。
部屋の奥にある僕のこたつ机の上に、一冊の大学ノートが開かれています。
僕はそのノートに向かって、足枷に繋がった鉄球を引きずり歩き出しました。
重い。足が重いなあ。嫌だなあ。見なきゃ駄目?
もういいじゃん。母は死んだ。それは動かしようのない事実なのだ。もうそれでいいじゃんね。駄目? どうしても確かめなきゃ駄目なの?
気持ちとは裏腹に、僕の体は天井から垂れ下がる物体の横を素通りして、一直線にそのノートの前に立ちました。
「やっぱりな」
大当たり。
こたつ机の上に開かれた大学ノートは、紛れもなく僕の嘘日記です。




