表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

32/49

ありのままの自分? そんなものはない

 嘘日記を、読まれた!


 あ、そうだ、舌を噛もう。今ここで盛大に舌を噛み千切って死んでしまおう。


 あの世で閻魔大王に引っこ抜かれる前に、自ら舌を噛みちぎって、血液をマーライオンの如く滾々と吐き出して、この愚にもつかない人生の幕を閉じよう。


 は~い、注目、僕ちゃん、死にま~す! 


「へー、面白い漫画ね、あなたが描いたの?」


 黙々とノートを読んでいた主任が、ぼそりと言いました。


「え! それ、どれ、あ、ああ、あああああ、そう、それ僕が描きましたあ」


 嘘日記じゃなかったあああ! 漫画だったあああ! 


 僕が昨晩母に読ませた漫画だったあああ! 


 今朝は慌てていたからな、どうやら間違えて鞄に入れてしまったのだな。


 兎にも角にも、たたた、助かったあああああああああ。


「この漫画にあるように、マスクを装着して生きることは、我々人類の進化の過程で不可避な行動なのかしら。あなたはどう思う? またいつかコロナ以前のような、マスクのない生活が戻ってくると思う?」


「うーん、どうですかねえ。それは難しいかなあ。僕は例えコロナが終息したとしても、何かしらの形でマスクの文化は根付くと思います。


 て言うか、そもそも新型コロナウイルス終息するのかよって話ですよね。ははは。


 まあ、僕としてはマスクをすることはそんなに嫌いじゃない。いや、結構好きかも。


 こうしてマスクを装着していなければ、主任の前でこのように毎日安定して立ち振る舞えるか、正直言って怪しいですからね。


 こんな小さな布マスクですが、このしょぼくれた顔面にマスクを装着すれば、その都度、本来の自分ではない借りものの自分が誕生する気がするのです。


 僕は主任と違って、ありのままの自分を出せない気の小さい人間ですから」


「ありのままの自分? 私にそんなものはない」


「……はい?」


「あなたにも、本来の自分なんて存在しない」


「どういうことですか?」


「上司の仮面、部下の仮面、女の仮面、男の仮面、頼もしき親の仮面、健気な子供の仮面、慈悲の仮面、恫喝の仮面、弱者の仮面、正義の仮面、私達は毎日たくさんの仮面を付け替えながら生活をしている」


「マスクの話でしたよね?」


「一人になって全ての仮面を剥いだつもりでも、それは素顔という仮面を装着したに過ぎない。そもそも私たちに覆い隠すべき自分なんて存在しない」


「マスクの話でしたよね?」


 メガホンのように丸めた大学ノートを主任は僕に差し出します。


「さて、一応注意しておきます。休み時間にあんたが何をしようが勝手だけれど、くれぐれも勤務中に創作活動は止めてね、漫画家先生。さあ、外回りに行くわよ、さっさと準備して」


 僕は大学ノートを無言で受け取り、ほっと胸を撫でおろしたかのような、または更なる不安に駆られたかのような、そんな複雑な深呼吸をします。


 嘘はまだばれてはいない。よし、これでまた、更なる嘘をつくことが出来る。くそ、あるいはまた嘘をつき続けねばならない。


 それからこの圧。塩漬けの白菜の上に据えられた漬物石のような、ジワジワと僕の心に重くのしかかる、これまでに感じたことのない最新型の不安。


 そうだ、ノートを間違えたのだ。嘘日記を家に置いてきてしまった。


 ガチャリ。


 この時、見えない足枷が僕の右足に装着されました。


 罪名は不明ですが、僕は何かしらの罪を犯したようです。


 会社ではいつも大した仕事はしていませんが、この日は輪をかけて仕事になりませんでした。


 鎖で繋がれた鉄球を引きずっているのです。足が重くて行動がままなりません。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ