運命の人登場②
「え、マジっすか、いや、でも、あの」
頭皮からしたたり落ちた一筋の油汗が、僕が着用している内閣総理大臣から貰った布マスクに、いったん弾かれ、やがて吸い込まれて行きます。
「いわば緊急事態宣言です。すみませんが、お先に失礼します」
僕があっけにとられていると、その女性は落ち着いた様子で速やかに扉を閉め、カギをかけてしまいました。
僕は、唖然としながらも、扉のこちら側に漏れる女の排泄音を耳にするのは流石に気が引けるので、手洗い器や使用禁止のハンドドライヤーのあるスペースから出て、その扉の前の、ちょうど成人雑誌が置いてある前で、割り込み女が出てくるのを待ちました。
古くからあるコンビニで、トイレが男女兼用なのがよくなかった。
怒っても仕方ありません。何事もレディーファーストです。快く順番を譲って差し上げましょう。
……一分経過、二分経過。
時折襲う激しい陣痛に悶絶しそうになります。心中穏やかではありません。
……三分経過。
いやいやいや、長くないっすか? コンビニのトイレなんて、三割残しで出てくるのが常識じゃないっすか?
……五分経過。
あんの~、ちょっともう限界なんですけど。なーにを自分の全てを今日この場所に置いてこようとしとんじゃい。なーにを引退試合に臨む部員の心境になんとんじゃい。
……八分経過。
お前の家か!
……十分経過。
ひょ、表札掲げとけバカヤロー!
こ、これは、いかーん。いくら何でも長すぎる。流石に何かがおかしい。絶対に何かが間違っている。
あ、もう駄目。
僕が成人雑誌の前でしゃがみ込み、半笑いで断末魔のコサックダンスを踊り始めた時、用を足し終えた割り込み女が、やっと個室から出てきました。
僕は、割り込み女を押し退けるように大急ぎで個室に入りました。
す、す、す、すると何ということでしょう。