嘘でかためた人生だから
こうして僕は、嘘日記を上手く活用し、嘘を積み重ねることで発生する矛盾を未然に回避することに成功しました。
嘘日記のおかげで、より幅広い嘘を安心して量産することが可能になったのです。以下、僕の嘘日記より、ほんの抜粋。
五月二十九日(金曜日) 今日の嘘。
一、僕には、弁護士の知り合いがいる。
六月十七日(水曜日) 今日の嘘。
一、僕は、その昔、子役のプロダクション事務所に所属していた。
七月十四日(火曜日) 今日の嘘。
一、イチローは同じ小学校の同級生。一緒にキャッチボールをしたことがある。
一、サンディエゴというアメリカの都市に、ホームステイした経験がある。
八月三日(月曜日) 今日の嘘。
一、コピー機を壊したのは、僕ではない。
一、最近、何者かにストーキングされている。
九月十日(木曜日) 今日の嘘。
一、この会社に就職する前は、東京の証券会社でブイブイいわせていた。
十月十三日(火曜日) 今日の嘘。
一、UFOを、月いちペースで目撃している。
黄金に色付いた街路の銀杏並木が、一斉に落葉を始めました。
早いもので、この支店に異動して半年が過ぎようとしています。
「ほら、この首の後ろにある、ここを触って」
運転席の主任は半身だけ体をねじり、僕にうなじを見せます。
短髪の整ったうなじの少し下に、確かに小さなしこりのような膨らみがありました。
「ほら、はやく触って、信号が変わっちゃうじゃない」
僕は、ためらいながらその膨らみを人差し指でつんと突きました。
確かに指先にゴリッとした異物感が伝わります。
「ここにマイクロチップを埋め込まれたのよ。UFOに連れ去られる以前は、こんなしこりなかったもの」
街路樹の紅葉を助手席の窓から眺めながら、帰社中の車内で主任と話しをしていたら、宇宙人の存在を信じるかという話題になり、僕がUFOみたいなものは月いちペースで目撃しています、と言ったら、主任は「ここだけの話、私は宇宙人にマイクロチップを埋め込まれている」という重大な秘密を告白してきたのです。
まったく僕の嘘など、主任の現実の足元にも及びません。