恋心
「そうそう、僕の家の玄関に主任にそっくりな仮面が飾ってあるのです。能楽の『増女』という仮面でね、これが、マジで主任に瓜二つ。あは。あはは。ははは」
「…………」
「本当に笑わない人ですね。あの、失礼ですけど、主任って笑ったことあるのですか?」
「あるわよ」
「いったいどんな時に笑うのですか?」
そう質問した僕の左手を、主任は自転車のハンドルから剥ぎ取るように掴み、強引に自分の首元にぐりぐりと押し付けました。
「きゃきゃきゃ」
その時、主任はマスクの上の二つ細い目を、更に糸のように細めて笑ったのです。
まるで少女のように無邪気な笑い声でした。
一瞬何事が起きたのか把握し兼ねましたが、どうやら僕が主任の首の下をくすぐった模様です。
「あとは、脇の下や足の裏をくすぐられた時にも笑うわ」
五秒後にはいつもの鉄仮面に戻っていました。
主任の少し汗ばんだヒンヤリとした柔らかな首の肉の感触が、まだ指先に残っています。
その後もしばらく主任と会話を続けたのですが、僕はふわふわしてしまって、何を話したのか、まるで憶えていないのです。
五月二十五日(月曜日) 今日の嘘。
一、僕は自分のわき見運転が原因で、親友を死なせている。




