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二人ぼっち

「あれ、珍しい。今日はもうお帰りですか」


「ええ、何だか最近体調が優れないのよ」


 僕は、首までずらしていた布マスクを、急いで鼻まで隠すように直しました。


 それから、その場の流れで、主任の横で自転車を引きながら、しばらく主任と会話をしました。


「主任の自宅は、ここから近いのですか」


「この辺りよ。徒歩で十五分ぐらいかな。あなたは」


「自宅は名古屋市内です。ここから自転車で片道一時間ぐらいのところにあります」


「遠いでしょう。自動車通勤しなさいよ。そういえばあなた、勤務中も当然のように私の助手席に座って、一向に運転しようとしないけど、それは何故」


「実は僕、親友を交通事故で亡くしているのです。それも僕の運転する車の助手席に乗っていた際の交通事故です。僕のわき見運転が原因です。僕が殺したのです。


 それ以来ハンドルを握ると、ひしゃげた車内で血まみれになり『気にするな、お前のせいじゃないさ』と笑って死んでいった親友の顔がフラッシュバックしてしまい、体が硬直して運転どころではなくなるのです」


「ふーん、そう。ちなみに私の母は、私との散歩中に踏み切りで電車に撥ねられて死んだの。


 撥ねられた衝撃で母の首はちぎれてね。ちぎれた首は宙を舞って踏切の向こう側に落ちたの。


 その時、首だけになった母は、踏切のこちら側にいる娘の私の顔をギョロリと睨んで『見るなああああ!』って叫んだ。首が叫んだのよ。


 それ以来私は、踏切や、工事現場のセフティーバーや、動物園のキリンの首や、黄色と黒の長い棒状のものが苦手よ」


「……何とお声掛けしてよいやら」


 敵わない。何だか知らないけれど、主任の現実は、いつも僕の嘘を大きく上回ってくる。一刻も早く話を変えよう。


「そうだ、そういえば主任はいつもどこで昼食をとっているのですか。昼時になるといつの間にか姿を消す。僕はいつも休憩所で他の社員たちから孤立して、独りぼっちでコンビニの弁当を食べているのです。寂しいものですよ。ひょっとして自分だけこっそり外食をしているのですか」


「社用車の中で、自分で作ったお弁当を食べています。その後は十三時まで仮死状態のような昼寝をします。外食は自粛しているわ。コロナですから」


「ふーん、てか、よくよく思い返すと、主任が他の社員と食事をするところや、世間話をしているところを一度も見たことがないです」


「馴れ合いは嫌い。群れるのは嫌い」


「先日、社内で主任のパソコンのデータが何者かに削除される事件がありましたよね。


 その前も僕たちが外回りから帰社すると、主任の机の上がベタベタになっていることがあった。社員たちは大きなスズメ蜂が窓から侵入して主任の机の上に止まったので、致し方なく殺虫剤スプレーを噴霧したと口を揃えて言っていましたが、あれ、本当ですかね。不自然ですよね。


 あれえ、あれれ、ひょっとして、主任って、社内でいじめられていたりして」


「…………」


「じょ、冗談ですよ、冗談」


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