耳にイヤホン突っ込んで音楽を聴いている歩行者
そんなこんなで僕は、道の真ん中に人がいて自転車が通れない時は、とにかく先ず一度自転車から降ります。そして次に歩行者の後方で歩行者が僕に気付くまで、無言で自転車を引いて歩きます。
あとは歩行者の横を通り抜けるタイミングを、ただひたすら伺うのです。そうこうするうち大抵の人は、いずれ後ろの僕の気配に気付いて、道を譲ってくれます。
問題は耳にイヤホン突っ込んで音楽を聴いている歩行者です。
人の気配とは、五感をフル稼働して感じるものだと思うのですが、そのうちの聴覚が完全に塞がっている状態です。まるでこちらに気が付いてくれません。
あんなものは内側がスクリーンのメガネかけて、映画鑑賞しながら歩いているようなものだと思うのです。
聞こえていないということは、見えていないのと同等、場合によってはそれ以上に危険だと思うのです。
その挙句僕が歩道の少し広くなったタイミングを見計らって自転車を引きながら横を静かに通り過ぎると、
ぎゃ!
逆に、こちらが腰を抜かす程の大きな声でびっくりされます。
イヤホンで音楽を聴いている人は、総じて現在聞いている音量と同じボリュームで反応するのです。
そして、去り際に、これまた場違いにでっかい声で、
……こわ。
などという捨て台詞が後方から聞こえてきます。本人は小声の独り言のつもりかもしれませんが、丸聞こえです。まったくやりきれません。
さて。
今の支店に異動して一週間を過ぎたその日も、定時でタイムカードを押した僕は、日暮れ前の帰り道を自転車で走っていました。
いつものように狭い歩道の前方に歩行者を確認したので、静かに自転車を下り、不審者オーラを掻き消すために、相手を凝視するわけでなく、かといって不自然に下を向くわけでなく、ちょうど斜め四十五度前方あたりの地面に視線を合わせつつ、タイミングを見計らって歩行者の横を、自転車を引いて通り過ぎました。
ぎゃ!
いつものように、びっくりされます。
……こわ。
いつものように、吐き捨てられます。
……キモイ。
今日は、一言余分に吐き捨てられちゃいました。
……死ね。
い、いろんなこと言われています。
……あれ、ちょっと、あなたじゃない?
慌てて後ろを振り向くと、その歩行者は主任でした島袋主任でした。
自転車に乗りかけた僕は、バランスを崩し、思わず転倒しそうになりました。
耳に突っ込んでいたイヤホンを外します。
「あれ、珍しい。今日はもうお帰りですか」
「ええ、何だか最近体調が優れないのよ」