みんな並んでいるのよ!
「実は、うちの親戚おじさん、孫請け会社として、小さな町工場でアベノマスクの製造に関わったのよ!」
「え、そうだったのですか」
「あなたみたいに感謝して使ってくれる人もいることを、今度会ったら伝えておくわ!」
そんな長話をしているうちに、やっと僕のレジの順番がまわってきます。
ところがその時入り口の自動ドアから、公共料金の納付書を手にしたお婆さんが入店し、フォーク並びのフォークの首元の位置で順番を待っている僕に気付かず、レジで精算中の客の後ろにぴったりと並んでしまいました。
ああ、まただ。また割り込まれた。しまったあ。隙があったのだ。
僕の後ろには主任をはじめ五・六人の客が並んでいる。どうしよう、僕の責任だ。でも見知らぬお年寄りに声をかけて注意するなんて勇気は僕にはない。
しかし、そこら辺のことは、コンビニの店員さんも、ちゃんとマニュアルがあるようで、精算を終えた客に有難うございましたと言うと、そのお婆さんにはあえて見向きをせず、フォークの首元で待っている僕に向かい、次のお客様どうぞ、とまるで間接的にお婆さんを諭すように言ったのです。
僕の存在に気が付いたお婆さんが、マスク越しからでも分かる程のバツの悪そうな顔をしています。きっとわざとではないのです。お年寄りとは、総じてうっかりする生き物です。
「……あの、よろしければお先にどうぞ」
僕はそのお婆さんにそう声を掛けました。それから後ろを振り返り主任に向かって、「僕が譲ったので僕がいなくなります」と伝えて、一旦列から外れ、そのまま最後尾に並び直しました。
こうすればお婆さんも店員さんも嫌な空気にならなくて済むし、他の客の順番も守られると思ったのです。ところがどっこい。
「ちょっと、そこの婆さん! 見て分からないの! みんな並んでいるのよ!」
うわあ、列の前方から主任の容赦なき怒鳴り声がする。僕としては、僕が最後尾にまわったのだからそれで解決したじゃないか、もう勘弁してやれよ、なんて思うのですが、主任としては、そういう問題ではないようです。
僕は昨日の朝の出来事を思い出し、いったいどの口が言っているのだ、と主任の奔放な言動に開いた口が塞がりません。顎が外れる程開いた口が布マスクからはみ出す勢いなのでした。
五月十九日(火曜日) 今日の嘘。
一、僕が、内閣総理大臣から貰った布マスクを着用しているのは、大衆の同調圧力へのアンチテーゼ。