最後のチャンス
僕はノートの一ページ目に鉛筆で大きく「嘘日記」と記しました。
そして二ページ目にはこう記します。
五月十八日(月曜日) 今日の嘘。
一、僕は十年前に離婚をしている。離婚の原因は、元妻の浮気である。
一、現在、僕には付き合っている彼女がいる。
これでよし。
僕という人間は、またどうしようもない嘘をついてしまった。
でもついてしまったものは仕方がない。もう後戻りはできない。
だから今日からついた嘘は全てこのノートに記録するのだ。
これからは肌身離さずこのノートを持ち歩こう。そして日常生活の中で思わず嘘をついてしまったら、忘れないうちに嘘をこのノートに記録しよう。
まめに過去の嘘を確認して、新規の嘘との矛盾の発生を未然に防ごう。
今の職場が自分に適しているのか否か、なにぶん初めての就職なので、他と比べようがありません。
それでも父が命懸けで僕に与えてくれたチャンスです。
二十五年間一度も社会に出ることなく引きこもりを続けてきた中年男にとっては、奇跡と言っても過言ではないレベルの職場です。
出来ることなら僕は継続して働きたい。嘘がばれて、人間関係をこじらせ、会社に居られなくなるなんて最悪の事態だけは避けねばなりません。
ここを辞めても、再び自力で就職活動をする気力も、その器量も、残された時間も、僕には無いのです。




