セックス依存症
「失礼ですが、主任は、ご結婚は?」
「え、私? 私も今は一人です。私は結婚を二回経験しています」
え、ば、ば、バツニってこと?
「私はバツニです。一昨年、昨年と一年以内で結婚と離婚を繰り返しています。最初の夫は、黒人でした。二度目の夫は、私が顔面を足で踏ん付けてやると大喜びするような変わった癖のある人でした」
おいおーい。
「そうそう、この際だから伝えておくわ。島袋珠という明らかに男性の陰嚢をイメージさせる私の名前だけど、苗字の島袋は二度目の夫のものです。
どこの世界に島袋姓を名乗る我が子に、タマと名付ける親がいましょうか。私の親もそこまで馬鹿ではないわ。
最初の夫と離婚した時は一度旧姓に戻したけど、二度目の離婚の時は戻さぬまま現在に至ります。私には、黒人とのハーフの娘が一人いるの。まあ、実家に預けちゃっているけどね。
私が金玉袋チックな名前を変えずにいるのは、娘のため。私の都合で娘の戸籍を何度も汚すのが忍びないからよ」
「いやあ、何と申してよいものか。主任も色々と苦労されて来たのですね」
「苦労? 私、苦労なんてしていないわよ。離婚の原因も全て私の方にあったし」
「あの、差支えなければ、その原因を教えていただけますか?」
「私、セックス依存症なの。異常性欲者と言ってもいい。どちらの夫も、結婚後一年もしないうちに私から逃げて行ったわ」
「す、すみません。もう結構です。話についていけません」
「それに関連してもう一つだけ伝えておきます。これまで私についた男性社員は、半年もしないうちに皆退職しているの。男たちは私と親しくなると、皆揃って何故かこんな不愛想な女を口説くのよ。
もちろん口説かれれば私は見境なく応じます。そして付き合い始めてから思い知るのよ、私の底なしの性欲を。
結果として、どいつもこいつも私に恐れをなし、会社に退職届を提出して逃げて行く。上層部もそれを知ってか知らずか、最近は会社にとって不要な社員を、あえて私につけて退職を仕向けているようね。
分かる? あなたが私についたってことは、会社にとってあなたは既に必要のない存在だってことよ」
「キツイこと言いますね。今の発言は聞きたくなかったです」
「でも安心して、私はあなたに口説かれても、応じませんから。どうやら、あなたのことは生理的に受け付けないみたい。
私は今日まで自分のことを、性行為さえ出来れば男なら誰でもいい淫乱女だと思っていたけど、そうではなかったみたい。気付かせてくれてありがとう。
あなた、絶対辞めないでね。側にいるだけで反吐が出そうなあなたとならば、私、肉体関係なしの普通の人間関係が築けそうだわ」
「ついでに今の発言も、聞きたくなかったです」
オフィスの窓のブラインドの隙間から、綺麗な三日月が輝いていました。
僕にはその三日月が、ブラインドに引っ掛かって身動きが取れないように見えました。
蜘蛛の巣に掛かった哀れな蛾のように見えました。
僕自身のようにも見えました。




