笑うなら目で笑いなさい、目で
「いやあ、圧巻でした。諸刃の剣感は否めませんが、それにしても仰天の交渉術。僕はぶったまげました。おったまげました」
駐車場へと戻り、車に乗かける主任に、僕は満面の笑みで先程の功績を称えました。
その僕を主任がじっと見詰めています。
じっと見詰められるものですから、僕も主任をじっと見詰め返しています。
僕たちはじっと見つめ合っています。
「……何? 何か文句ある?」
「え?」
「文句があるならさっさと言って。私忙しいの」
「文句? いやいや、あれれ、僕のこの気持ち、伝わっていませんか?」
「ああ、なるほど、あなた、今、笑顔なのね。
あらあら、自分がマスクをしていること忘れては駄目よ。
あなたの作り笑い、目が全然笑っていませんから。
あなた、目が完全に死んでいますから。
このコロナ禍では口元のスマイルに何の効力もないわよ。
笑うなら目で笑いなさい、目で。
ちなみにこれからの営業は、相手の表情から気持ちを読み取って次の一手を打つなんてことは出来ないし、
もの言わずとも喜怒哀楽の表情のみで相手にこちらの心情を察してもらうなんてことも出来ません。
みーんなマスクをしていますから。あしからず」
主任の訓示を大人しく聞いていたら、ハラワタがトロ火で沸々と煮込まれていくようです。
鬱憤晴らしに、マスクの裏で、思いっきりベーっと舌を出してやりました。
なるほどマスクの内側の表情は他人には分からないのだな、と痛感したのでした。




