いや、そこまで言うかね
「あなた、臭いわ。お風呂ちゃんと入りなさい」
突然の容赦なき指摘に動揺してしまい、額から大量の油汗がぷくりぷくりと吹き出ます。
「ああ、臭い。たまらなく臭い」
僕は、ポケットからクシャクシャのハンカチを取り出し、粘性の強い自分の汗をこってりと拭います。
「あと、太り過ぎ。せめて十キロは痩せなさい。みっともない」
はいはい、容姿いじりね、主任も他人の容姿をいじって面白がりたい人なのね。どうぞ、どうぞ。こちとら慣れっこですから。
「それから、いつ竹槍を持った農民に身包み剥がされたのか知らないけれど、私には落ち武者の亡霊を部下にする器量はありません。明日までに丸坊主にしていらっしゃい。全く何なの、その往生際の悪い髪型は。禿げるなら禿げる、カツラ被るなら被る、ハッキリしなさいよ」
いや、そこまで言うかね。さ、さ、さ、さっき出逢ったばかりだぞ。
僕はもう頭が真っ白になってしまいました。
「ずる剥けの何が恥ずかしいのよ。恥ずかしいと思うその心が恥かしいって話よ」
あ、お花畑。あ、蝶々。と僕が脳内でモンシロチョウを追いかけ始めたところで、車は目的地である大手給排水設備会社に到着しました。
「さあ、あなた、行くわよ」
来客者用駐車場に車をバックで駐車すると、主任は運転席のドアを勢いよく閉め、
「見ていなさい、今日こそ契約してやるわ」
すっかり罵詈雑言ドランカーと化し助手席でうなだれる僕を残し、瞬く間に建物の自動扉の向こうに消えて行きました。
積み重なるダメージにとろけた脳味噌が、両耳からトロリと流れ出でているような気がして、僕は耳の穴に指を入れて何度も何度も入念に確かめるのでした。




