グイグイくる系
「あなた、行きがけに、他の社員に私のことで何か言われた?」
「……いいえ、特に何も」
「鉄仮面とか何とか言われなかった?」
「……」
「図星ね。あなた、以後私の質問には正直に答えなさい。私、隠し事は、するのもされるのも大嫌いよ」
嫌だなあもう、こういうグイグイくる系。
「申し訳ありません」
「あなた、本当に申し訳ないと思っている?」
「はい」
「では聞くけど。今のあなたが、私に対して申し訳がない、つまり弁解の余地がない程の、どんな大罪を犯したの?」
「え」
「他の社員に私の悪口を聞かされ、それを私に告げ口するのをためらった、ただそれだけじゃないの?」
「はい、その通りです」
「それは、あなたにとって、弁解の余地のないことなの?」
「いいえ、別に、そんなことは……」
「では、何故謝罪をしたの?」
「……」
「あなたは、私に軽々しく嘘の謝罪をしたのね」
おいおい、さっきから何だよ、この女。
「重ねて、申し訳ありません」
「あなた、本当に申し訳ないと思っている?」
「はい」
「では聞きます。今のあなたが、私に対して申し訳がない、つまり弁解の余地がない程の……」
「勘弁して下さい」
この女、マジうっとうしい。この女、マジ顔面グーで殴りたい。
信号が青に変わると、車が加速を始めます。
「あなたには、私が鉄仮面に見える? 無表情な女に見える?」
「見えません」
「……」
「ほ、本当です。だってマスクをしているので、分かりません。どうぞマスクを外して素顔を見せて下さい。そうしたら正直に感想を述べます」
「絶対に嫌だ。あなたが感染者ではないという保証はどこにもないもの」
「そうですね、今のご時世は、そうでした」
そうハッキリと断られると、俄然主任の素顔に興味が湧くのだから、おかしなものです。主任のマスクの向こう側は、整っているのだろうか、不細工なのだろうか。
「私は、コロナ以前の世界で、無表情、無感情、鉄仮面などと、散々陰口を叩かれてきました。それが、このコロナ禍ではどう?」
「人々はマスクという仮面を装着して生活するようになりました。そのせいか、今や露骨な感情表現をしないコミュニケーションが常識になりつつあるようです」
「そう、人類皆ポーカーフェイス。どいつもこいつも鉄仮面。ふん、ざまあない」
しばらくの沈黙の後、主任はおもむろに運転席と助手席のパワーウインドウを、こちらに断りもなく下げました。全開になった窓から五月の心地よい風がどっと入り込み、車内を乱舞します。
「てゆーか、あなた臭いわ。たまらなく臭い。お風呂ちゃんと入りなさい」