前日と冬見
目の前にいたのは紛れもないサトミさんであった。遠くで見かけただけであれば話しかけることもなく見て見ぬふりをしていたのだが、今回は1mもない距離、かつお互いの目がバッチリ向かい合っている状態である。(ヤバイ、逃げれない)と頭から冷や汗が流れてくる。パニックで何も言葉を発せずにいると、サトミさんが口を開いた。
「みた?」
サトミさんは前のように短い言葉で喋ってきたが、前回よりも圧倒的な威圧感を出しているように感じた。
「あ、えー。うん、まぁ、そのー」
僕はまるで海に溺れている時のように必死にもがきながら言葉を発した。既にサトミさんの顔は恐ろしさから見れない状態である。その状態から恐る恐る目をあげてサトミさんの方をみると、サトミさんは僕の方をじっとみていた。そして少し小さな声でこういった。
「このゲーム、一緒にやって」
斜め135度からの答えに一瞬頭がショートしかけたが、(自分よ少し落ち着け)と僕は僕自身に言い聞かせる。前回プールで男子生徒を追っかけ回したみたいにサトミさんは僕に何かしらの危害を加えるだろうと覚悟していたが、とりあえずそんなことは無さそうだ。安心して落ち着いてサトミさんと話せばいい。よし、いけるぞ僕。
「うん、いいよ。でもそのゲーム2人でもできるの?」
「うん、協力と対戦モードがある」
「あ、そうなんだ。とりあえず協力でいいんじゃない?」
「わかった、お金は出す」
そういうとサトミさんはもう一度ゲームの椅子へと座り、財布から100円玉を2枚取り出した。
「あ、ほ、ほんとにいいの?ありがとう」
「気にしないで」
こうして僕とサトミさんは二人で横に並びながらゲームと向き合うこととなった。
「これってどんなゲームなの?」
「シューティングゲーム、武器をとって相手を倒してけばいい」
「あ、そうなんだ」
「これキャラ選ばないと」
「あ、ほんとだ。じゃあこのでかい人にしようかな」
『Overlook』をやり尽くしている自分からすれば当然このゲームの存在は把握済み(正確には500回以上プレイ済み)であったが、一応知らない体でこのゲームと向き合うことにした。そんなに本気でやらずに初心者みたいにやろうと思った…のだが、やはりゲームにこれからの人生を賭けるかもしれない僕はゲームが始まると次々と相手を倒していき、オンラインの100人対戦で優勝していた。
「すごい」
その言葉に僕はハッと目を覚ました。本気でプレイしすぎたため横にサトミさんがいること自体を忘れていたのだ。
「あ、い、いやー、サトミさんが上手いんだよ」
「そんなことない、次は対戦」
「え、もう1回やるの?」
「私やりたい、暇じゃない?」
「いや、大丈夫ではあるけど…」
そういうとサトミさんは既に右手に用意してあった200円をゲームに入れていた。キャラ選択をしているとサトミさんが僕に質問を投げかけてきた。
「本当に初めて?」
「い、いやー、実は何回かはやったことあってねー」
「才能ある」
「いやいや、とんでもないよ」
本当は500回以上やってるなんて言ったら暇人と思われるかなと思い嘘をついたが、別に嘘をつく理由もないなと後から思ったのだった。
さて、こうしてサトミさんvs僕のタイマン勝負が始まった。タイマン勝負は2本先取となっている。最初の1本目はサトミさんが僕の背後を狙ったことを僕は先読みし、更に裏に回ってサトミさんが選んだキャラの頭脳に直撃させた。
「くそー、次は勝つぞ、はっはっは」
サトミさんは笑いながら、でも悔しそうに喋っている。僕も負けてらんないな…ってえっ?もしかして今サトミさん笑った?今まで怖い表情しか見てこなかったけど…。もし笑ってるなら、どうしてもどうしても…、顔が見たい。我慢ができず僕は横を向くと、サトミさんは既に真剣な表情に戻っており、僕が横を見た隙をついて心臓に弾丸を食らわせた。
「よしっ」
サトミさんはガッツポーズをし、1本とったことを喜んでいる。僕は負けたことに悔しさは感じていたが、一方でサトミさんが笑顔になっていることに物凄く嬉しくなっていた。普段笑わない人の笑顔(といってもまだ笑っている瞬間を見たわけではないが)は他人のストレスなどに効果抜群である。
最後の1本はなんとか僕が勝利し、結果は2対1であった。サトミさんの方をみると、サトミさんは笑いながら
「負けちゃったけど楽しかった、またやろう」
(本当にサトミさんはゲームが好きなんだな)と心の中で思い、
「うん、いつでも。できるときにまたやろう」
と返事をした。するとサトミさんは
「あ、貝くん。今から一緒に帰らない?というか家ってどの辺にあるの?近い?ご飯は食べた?」
と僕に怒涛の質問責めをしてきた。僕はそんなサトミさんに戸惑いを隠せない。更にいってしまえば最初に教室で話した時の口調と全然変わってるし。サトミさんは物凄く不思議が多くて、でもそこが素敵な人なんだなと思った。
「家はここから歩いて30分くらいのところだよ、ご飯はもう食べたよ」
「そうなんだ、私原付で来てるから送ってあげる」
「え、原付って、免許持ってるの?」
「うん、持ってるけど。それがどうかしたの?」
「い、いや。なんでもないよ。じゃあ乗せてってもらおうかなー」
免許なんて考えたこともなかった僕からすると、原付で来るということをまず想像できなかった。というか免許って高校生でも取れるのかな?後で調べよう。
「じゃあ行こう、貝くん」
こうして僕たち二人はゲームセンターを後にした。
「貝くんってさ、私にどんなイメージを持ってるの?」
「うーん、そうだなー、本音を言うと最初はちょっと怖いって思ったけど、話してくうちにいい人なんだなって思ったよ」
「そっか、ありがとう。私こんな髪色してるし、みんなからもやっぱり怖がられてるよね」
「そうなのかな、でも僕は綺麗だと思うよ、そのアッシュ、メッシュ?みたいな」
「あはは、貝くん面白いね。これはメッシュだよ。アッシュは灰色っぽい色のことだよ」
「あ、そっか。僕全然そう言うこと知らなくて…」
「いやいや最初はみんなそんなものだと思うよ。ところでその右手に持ってるのは?今日何か買ったの?」
そういってサトミさんは僕が右手に持っていた手提げの紙袋を指差した。
「あ、これはね。そう、ちょっと服を買ったの」
「えー凄い!ちょっと見せて」
「あ、ま、まあ、うん、いいけど」
「へぇー、パーカー買ったんだ。似合いそうだね」
「本当かな?実は初めて一人で服を買ったから心配なんだけど」
「いやいや、全然大丈夫だよ。落ち着いてる感あってgood jobって感じ」
あまりにも自然な会話で僕は既にサトミさんがこの話し方をしているのに慣れていた。サトミさんが転校して1週間ほどが経つが、クラスではまだこのような話し方を見せていない。サトミさんが学校生活を楽しんでくれていればいいけど、と少し
そんなこんなで歩いているとイオーンの出口に着いた。
「あそこの原付だよー、ついてきて」
そういってサトミさんは僕の服を少し引っ張った。(初めて女の子に触ってもらった)と喜んでしまう変態な自分がいるが、そこは隠さなければ。
「うん、わかった」
僕はサトミさんに引っ張られながら歩く方向へついていく。すると黄色と黒色が綺麗に混ざったかっこいい原付があったのだった。
「これに乗ってー」
「あ、でも乗り方が…」
「意外に簡単だよ、ほら、私の後ろに乗って腰に手を回して」
「あ、うん」
スラスラと手順を進めてゆくサトミさんのいいなりになっていたが僕だが、内心はかなりヒヤヒヤであった。原付なんて乗ったことがないことに加え、サトミさんがもし凄く荒い運転をしたらどうしようと言う不安があったからである。
更に女の子の腰に手を回すなんて…。初体験が複合して頭が混乱状態に陥る。
「よし、じゃあ動くよ、腰しっかり押さえといてね」
「う、うん」
こうして僕とサトミさんは原付でイオーンを後にしたのだった。
サトミさんとの原付二人乗り体験は最初は怖かったものの、意外にも安全運転で走行してくれたため、じきに慣れて行った。むしろ腰に手を当てている方が慣れない。
「貝くんってさ、『Overlook』ってゲームメチャ凄いんでしょ、世界大会とか出てて」
「え、ま、なんで知ってるの?」
「前教室にいた時、友達と話してたじゃん」
「あ、そっか」
おそらくプールに一緒に行った時だろう、潤とその話をしていたような覚えがある。
「それでさ、私に教えてくんない?そのゲーム」
「あ、えーと、僕が?」
「貝くん以外誰がいるの?ねぇ、いい?」
「あ、う、うん」
僕はすぐに了承してしまった。なかなか断れない性格なのだ。
「じゃあ明日教えてよ」
「あ、あのー明日はちょっと用事あってー」
「あ、そうなんだ。じゃあ明後日」
「明後日かぁ、そっか、考えておく」
「えー考えておくじゃやだ。しっかりいいのか悪いのか教えてよ」
「あ、はい。はい。大丈夫です」
「うん、じゃあ明後日ね」
こうして僕とサトミさんの間に遊びの約束が生まれた。少し胸が踊ったが、サトミさんには上手く隠せているだろうか。
「よし、ここだね。着いたよ」
「うん、本当にありがとう」
「全然大丈夫、私今日は暇だったから…。あ、もう降りても大丈夫だよ」
「あ、そうだね」
腰に回した手の居心地が良かったため降りるのも忘れていた僕であったが、僕は少しサトミさんに疑問を感じていた。
「あのさ、サトミさん。学校ではさ、その喋り方にしないの?」
「いやー、やっぱり緊張するじゃん」
「えーーーー、あれ緊張だったのーー?」
「うん、別に普通に話してもツマンナイ奴だなとか思われたら嫌だしさ」
「いやいや、普通の方がいいよ。そのー、カッコイイ見た目とのギャップというかもあるし、凄いイイと思う」
「お、本当か。まさか褒められるとは思わなかったよ。それじゃあ明日からは普通にする」
「いいと思う、明日の学校楽しみにしておくよ」
「おう、じゃあ今日はありがとな、バイバーイ」
「うん、またね」
サトミさんはブル〜〜〜ンと原付の音を鳴らすと、猛スピードでアスファルトの道路を駆け抜けて行った。(あれが本来のスピードなのかあ)と思い、僕は家の中へと戻って行った。