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十三番目に輝く星(2005)  作者: 瑞城弥生
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八 ナオの記憶

 レイラの傷はたいしたことは無かった。気絶したのは電気ショックによるもので、肩の傷も思ったより浅かった。わざとだとすればたいした腕だ、それともレイラが間一髪逃げたのだろうか。

 誰もいない夜の事務室で、ナオは買ってきたホットのココアを飲んでいた。ひいきしている紅茶が今日に限って売り切れだったのだ。

 建物自体は二十四時間営業なので暖房は効いている。それでも一人でいるとなんだかいつもより寒く感じた。


『貴方の両親は、私がこの手で殺したわ』


 ミズキがさらりと言った言葉がナオの頭の中を駆け巡っていた。

 

  *


 四歳の誕生日に、ナオは病院のベットで目を覚ました。


「キミの名前はナオ。ナオ・ヨシノだよ」


 短めの白衣を来た背の高い男の人が、ナオの脈を採ってから額に手を当てた。


「熱は無いな」


 眼鏡の奥から優しそうな瞳が覗いている。


「気分はどうだい」


 ナオが無言で頷くと、その男は小さく笑った。


「キミはね、事故に遭ったんだ。交通事故にね」


 医者は窓の外に視線を移した。


「きみのご両親は――お父さんと、お母さんは亡くなったんだよ」


 ナオには分からなかった。

 何も憶えていなかった。

 医者が言った名前――ナオというの自分の名前なんだろう。でも自分の名前だけでなく、両親の名前も、顔も、何もかも思い出せなかった。


「思い出そうとしないほうがいい。これからは新しい人生を歩んだ方が、君にとっては幸せに違いないと思うよ」


 両親の写真も、それまでの思い出の品もすべて取上げられ、ナオは新しい家族の元へ引き取られた。

 ただ、桜の花びらが付いたネックレスだけは、どうしても手放すことは出来なかった。


  *


 ナオはネックレスを手にとって眺めた。

 ミズキの姿を見て記憶が戻った。いくつか断片的だったが、母親の顔も思い出した。

 あの日はナオの誕生日の前日だった。前祝と称して両親の仲間を呼んで楽しく夕食を取っていた。そしてそこに黒い服の少女が現れて――。

 ナオはそこで思考を止めた。部屋は寒いのに不思議と汗をかいていた。額の汗をハンカチで拭いた時、ドアのノブが小さな音を立てて回った。


「水曜日はノー残業デーよ」


 コンビニエンスストアーの袋を下げたまま、ミエは応接用ソファーに腰をおろした。


「はい、これ」


 ホットのミルクティーがナオに向って飛んできた。


「好きなんでしょこれ」


 ミエはホットのミルクティーをナオに渡してから、自分用のコーヒーを飲み始めた。

 礼を言ってから口をつけると、あったかくて心地よい甘さが、ナオの口の中に広がってゆく。


「報告書読ませてもらったわ。でも、他にも何かあったんでしょ。個人的なことなら敢えては聞かないけどさ」


 ナオはその言葉にほっと胸をなでおろした。正直一人で抱え込むには重かった。けれど相談する適当な相手もいない。ナオにはその事の方が辛かった。


「私の両親はミズキに殺されたんです」


 重すぎる話題にミエは明らかに戸惑っていた。けれど言い出した手前もあったのか、すぐに落ち着いた表情に戻った。


「本人がそう言ったんです。自分が殺したって」

「あなたの両親は事故で亡くなったって聞いていたけど」

「はい、父には、育ての父ですけど、両親は交通事故で死んだと聞かされていました」


 彼にとってはやさしさだったのかも知れないが、嘘には違いなかった。今度会ったら問い詰めてやろうと思った時、

 ナオの頭に一つの考えが浮かんだ。


「あの、課長。二、三日お休みしていいですか」

「どうしたの急に」

「父から話を聞きたいんです」


 確か作戦本部付戦略課長に昇進したとメールが来ていたから、今は本社勤務のはずだ。本社は首都のある第一行政区にあったから、ここからはかなり遠い。それでもとにかく一刻も早く父親に会って真実を確かめたかった。


「だめよ」

「え?」


 いままで休暇を取るときに「だめ」と言われた事はなかった。ましてやこんなにはっきりとした理由があるのだから、断られるとは思わなかった。


「だめ、と言ったのよ」

「どうしてですか。レイラは療養中だし、事実上動ける状態でも……」

「そうよ、ミズキの件は一課に指揮権が移ったの。もう三課には任せられないってね」

「すいません」


 二度の失敗が第二事業部長の機嫌を損ねたに違いない。一課でも手を焼くだろうとが、今この時期にミズキの相手をしなくていいのは助かった。


「じゃあ、どうして」

「あなたは明日から出張よ」

「はい?」

「本社に二日間。それでも休みたい?」


 ミエの口元が僅かにゆるんだ。


「いえ、喜んで」


 正直嬉しかった。首都に行くには、それなりの交通費ががかる。宿代だって馬鹿にならない。それが会社持ちとなるのだから、嬉しくないわけが無かった。


「作戦本部長にミズキについての報告をするのが今回の用務よ」

「でも、どうして私が」


 こういう報告は課長か、調査係長の仕事だ。普通に考えればナオが行く事などありえなかった。


「先方の要望よ。直接接触したものを報告によこせってさ」


 ミエはコーヒーを飲み干すと立ち上がった。


「とにかくよろしくね。あと、あの二人も連れて行くといいわ」

「ありがとうございます」


 ミエの去った後は、彼女が来る前よりも静かに感じた。

 とにかく父親から話を聞こう。知りたい事はたった二つだ。両親は本当に殺されたのか、両親が一体何をやろうとしていたのか。考えるのはそれを確認してからでも遅くは無い。

 飲み終わった空き缶を給湯室の資源回収箱に放り投げ、ナオは事務室を後にした。


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