十四 新しい友達
最初に目に入ってきたのは、蛍光管のオレンジ色の光だった。真っ白い天井に雨漏りの染みがあって、それが何だか人の顔に見えたので思わず笑った。
(どうしたんだっけ)
意識がもうろうとしている。
体を起こそうとした時おなかに痛みを感じた。手で触れると包帯の感触とともに、ちくりとした痛みが襲ってきた。
(そうだ刺されたんだった)
アヤメの冷たい目と赤く染まった刀の先を思い出した。
生きていた。それだけでなんだかほっとした。
「気がついた?」
ナオの目の前に顔を出したのは、ミズキだった。
「何であなたがここに」
ナオは警戒して、辺りを見回した。
窓際にいるナオの反対側、つまり通路側のベッドに誰かが眠っている。
「レイラ?」
点滴を受けながら横たわって居るのはレイラだった。
「彼女の傷は少し深かったたの。でも、命に別状はないみたいよ」
まるで看護でもしているかのように、ミズキは備え付けの丸椅子に座った。
「さっきも聞いたけど、何であなたがここにいるの。病院に黒い服はなんて縁起悪いし」
少し考え込んでから指を鳴らすと、ミズキの衣装がピンクのナース服に変わった。
「これならいい?」
「まあ、それなら……」
いつもの服より似合っていた。これで愛想がよければ完璧だ。
感心してミズキを見ていたナオは、大事なことを思い出した。
「ねえ、あんたが居るって事は……」
「大丈夫よ、ちょと脅しておいただけだから」
「ちょっと?」
「みんな隣りの病室にいるわ」
ミズキはあっさりとそう言った。
「イクミにも手伝ってもらったし」
どうやら本社の作戦はミズキによって未然に防がれたようだ。特別工作課の社員もここで寝ているのであれば安心だ。
「そうだこれ」
ミズキは桜のネックレスを取りだすとナオの首にかけた。
アヤメが弾き返した弾に切られたはずのそれは、丁寧に修復されていた。
「アヤメが謝っていた」
「ありがとう」
カーテンを開けて外を見ると、よく晴れた月の無い夜だった。
オレンジ色に輝く星がひときわ目立っている。
「アルデバランでしょ」
「うん」
「十三番目に輝く星よね」
「何よそれ」
「太陽を除いた恒星の中で、十三番目に明るくみえるのよ、あれ」
「十三か、いい数字よね」
ナオはそう言って笑った。
「わたし決めたの、母親がどうして、何を考えて行動したのか調べてみる。出来る限りいろいろな事を。もちろん貴方の事もね。それから考えるわ。自分が今何をすべきなのかをね」
「あんたやっぱり、あの人の娘よね」
「そう?」
「うん、そっくり」
ナオは不思議だった。
どうしてミズキとこんなことを話しているんだろう。親の仇のはずなのに……。でも、ナオから復讐の感情はなくなっていた。それはアヤメの刀に絶たれたのだ。そう思う事にした。
そして母の事を調べる為にミズキが必要な存在だった。
「でも、私の両親を殺したのはあなただし、その事実は変えられない。だからわたしは、あなたを永遠に許さない」
「それで」
動揺する様子も無く、それでもまじめな顔でミズキはナオを見た。
「わたしに付き合ってもらうわよ。ずっと」
「ずっと?」
罪を償わせようなどという気はなかった。ただ母親の事を調べるためには、彼女のそばに居るのが一番だとは思っていた。
「いいわ。私も貴方の事をもう少し知りたいと思っていたのよ」
ミズキはいままで見た事の無いやさしい笑顔をナオに返した。
差し出した手をミズキは握り返してくれた。
「契約成立ね」
ミズキは小さく頷くと姿を消した。
とても温かい、母親のような笑顔のままで。
外はまた雪が降り始めた。