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十三番目に輝く星(2005)  作者: 瑞城弥生
13/14

十三 真実

「おはよう。今日は早いのね」


 ミズキの声は、残響の大きいこの場所でもはっきりと聞き取れるほど良く通った。


「今日は何しに来たの」

「管理者と話をしに来ました。そこを通してください」

「だめよ」


 間髪いれずにミズキは答えた。


「言ったでしょう。会いたかったら力ずくで通りなさい」

「分かりました、そうさせていただきます」


 その言葉を合図に、ナオはミズキに向って走り出した。レイラが並んで走る。二人の間に立ったトモヤが、ミズキの頭を狙って銃を撃った。その弾は先に走り出した二人を追い抜いてミズキに向う。

 ミズキは目の前に飛んできた銃弾を難なく受け止めたが、その弾に隠れていたイクミの撃った弾が迫ってきたので慌てて首をひねって直撃を避けた。

 練習さえろくにしていないのに、イクミの腕は鈍っていなかった。寸分の狂いも無くトモヤの弾の後に自分の弾を打ち込んだその腕はもはや芸術だ。

 紙一重でイクミの弾を避けたミズキの頬に、一筋の赤いラインが浮かんだ。

 その一瞬の隙を逃さなかった。ナオとレイラは二人同時にミズキを蹴リ飛ばした。

 二人の蹴りをまともに受けたミズキは、その勢いで壁に打ち付けられたが、何食わぬ顔で体勢を立て直した。


「やってくれるじゃない」


 今度はミズキの番だった。すばやく飛び出すとレイラの脇に回りこみ、床についた腕を軸にして両足でレイラを蹴った。

 真横からの蹴りで体勢を崩したレイラは、続けて繰り出されたミズキの足に蹴り上げられ、体ごと宙に浮いた。制御を失った体はナオに向って飛んでいた。

 レイラの体の脇からから覗き込むようにして、ナオはミズキに拳銃を二発撃った。ミズキはその弾を磁気弾と見抜いて、それを跳ね返そうと手を開いて銃弾へ向けた。最初の一発かミズキに届いた瞬間に、ナオは二発目の弾の磁気を無効にした。

 一発目はミズキの手の前で弾き飛ばされて天井に当たったが、二発目はミズキの手のひらを突き抜けて、彼女のうなじをかするように飛んでいった。

 弾が突き抜けた手のひらから赤い液体がミズキの顔に飛び散った。


「いつっ」


 ミズキが顔をしかめたと同時に、レイラが体ごとナオに飛び込んできて、二人一緒に壁まで転がった。ナオがクッションになった為、レイラのダメージは少なかった。


「係長さん」


 イクミがナオに駆け寄った。


「大丈夫ですか」

「何のこれしき」


 ナオの無事を確認してから、レイラは刀を抜いてミズキに向った。ミズキも刀でレイラを迎える。二人の激しい戦いに、トモヤは何も出来ずにいた。彼の腕ではレイラに当たる可能性が高かった。同僚を誤射した時の事を思い出して、トモヤは撃つのを躊躇した。


「トモちゃん、加勢しなよ」


 イクミがナオを抱きかかえながらトモヤにそう言った。分かってはいたけれど、手が震えてどうしようも出来なかった。


「無理しなくていいよ。それは私の仕事だから」


 ナオはトモヤの肩を軽く叩くと、もう一度拳銃をミズキに向けた。

 ミズキがそれに気付いてフロッピーディスクをナオに投げつけた。それは迎えうつ拳銃の弾を上手に避けながらナオに向ってくる。無我夢中でトモヤは飛び込んでいた。ナオを突き飛ばしそれを自分の体で受け止めた。電気が走ったような感覚が全身を襲ったあと、思い切り後ろに跳ね飛ばされた。

 その時、トモヤは拳銃の引き金を引いていた。その弾がミズキの目の前を通過し、レイラの刀がミズキの黒いスカートを切り裂いた。

 イクミが銃を構えてながら、今度はトモヤを抱えていた。


「大丈夫?」

「ああ、なんとか」


 体中が感電したようにしびれていたが、意識はしっかりしている。


「イクミ、無事に戻ったらまた呑みにいこう。駅前に新しい店見つけたんだ」

「それって口説いているの」

「まあそう言うこと」

「いいよ。その代りトモちゃんの奢りだからね」

「了解」


 こういう状況だから言えたのかもしれない。トモヤは微笑みながら立ち上がった。


(生きて帰らないとな)


「あなた達、思ったよりやるわね。私をここまで追い詰めたのは、人間ではあなた達がはじめてよ。でも残念ね。ちょうど新しいおもちゃを手に入れたばかりなの」


 ミズキは持っていた刀を放り投げた。それは空中で粉々になって消えた。

 目の前に指をかざしてから、ミズキはレイラを睨んだまま指を鳴らした。

 レイラの目の前に小さな炎が現れる。何も無い所で炎だけが燃えていた。


「何よこれ」

「いいでしょこれ」


 ミズキが指を鳴らすたびに、炎が現れてレイラを襲う。何とか避け続けていたレイラがついにナオの前まで追い詰めらた。

 ミズキの顔が一瞬ゆがんだが、すぐにいつもの冷たい目に戻った。


「これで終りよ」


 両手を振りかぶって、それを振り下ろす。

 大量の炎がレイラとその後ろにいた三人を襲った。

 しかしその真っ赤な炎は、何かに弾かれるように四方に飛び散って消えた。


「ジュリエッタ!」


 クマが宙に浮いたままミズキを見ていた。


「あんた、何?」

「何とは失礼ですね」


 ミズキとクマが会話をしていた。


「話せるんだあの子」

「みたいだね」


 小型のMSPであるクマのジュリエッタは、さっきまで一言も話さなかったし、自律システムも搭載していないから自分の意志では動けないはずだった。けれどイクミの手を離れ、ミズキと二人で話をしていた。


「何とは何なのよ、同じMSPの癖に」

「あ、分かりますか」


 ジュリエッタが笑った。


「かっこよく助けに来ましたよ、ヨシノ係長」


 さっきまでジュリエッタだったものは、見覚えのある少女に姿を変えた。

 そこにはアキ・ヒダカが立っていた。


「アキさん」


 アキは、振り返るともう一度笑った。


「MSPは案外と沢山、社会に浸透しているんですよ」


 ナオは呆気に取られていた。クマがアキに変った事もそうだが、アキがMSPだった事が一番驚きだった。


「ミズキは何とかしますから、ヨシノ係長は早く下へ。アヤメさんが待っています」


 アヤメの名前を聞いたミズキが顔をしかめた。


「係長、行きましょう」


 エレベーターが到着し、ナオはトモヤに引きずられるようにそれに乗り込んだ。

 

「さて、どうしますレイラさん」


 アキがミズキをけん制しながらレイラに話し掛けた。


「私が倒します」


 レイラは再び刀を構えた。


「あんた何者」

「分かりませんか」


 アキは笑いながらアキを見ていた。


「私はいつでも貴方たちを見ています」

「まさかあんた、五型なの」


 管理者を守るミズキのようなコンピューターのほかに、研究開発に携わるものと、相互間の調整をするもの、そしてそれらを監視するものが、MSP搭載コンピューターとして行政にかかわっている。

 自律システムを搭載しているコンピューターは時として自分の利益にのみ則した行動をする可能性が指摘されていた。それを監視するのが五型である。その能力はミズキたち六型をしのぐと言われているが、その存在は同じMSPにもあまり知らされていなかった。


「何しにきたのよ」

「あの子面白いでしょ」

「ナオのこと」

「ええ、あの人に会わせてあげたいと思いまして」

「越権行為よ」


 五型は管理者への干渉を原則禁止されていた。アキの行為は明らかに例外処理だ。


「あの方がそれをお望みです」


 マスターメインフレーム。つまりこの国の統治者をミズキたちは『あの方』と呼んでいた。統治者がどういう存在なのかミズキたちにも詳しくは知らされていないが、『あの方』の言葉はとにかく絶対だった。


「それで私にどうしろというの」

「ちょっとだけ眠っていてください」


 アキがすばやくミズキの後ろに回りこんでミズキの動きを封じると、レイラの刀がミズキの頭に振り下ろされた。

 ミズキは、粉々に飛び散って、その破片は雪のように舞い落ちた。


「死んだんですか」


 レイラが手にとったかけらはすぐに消えた。


「システムダウンしただけよ。でもまあ、彼女にしてみれば死んだようなものね。復讐はこれで終りにしておきませんか」


 レイラは頷いた。


「ジュリエッタは」


 レイラの後ろからイクミが心配そうな顔を出した。


「すいません、貴方のシステムをお借りしました。ここのセキュリティーは、一人で侵入するのは難しかったので。はい」


 アキの右手にはクマのぬいぐるみが現れた。


「お返しします」

「ジュリエッタ!」


 イクミはクマを受け取ると思いっきり抱きしめた。


「さて、私たちも行きましょうか」

「はい」


 三人と一匹は奥のエレベーターへと向った。


  *


 アヤメはいつも通りの時間を過ごしていたが、ミズキの本体が過負荷気味に動いているのは気になっていた。

 特に先日取り付けたWシステムの使用率が高い。


「このままじゃダウンするわね」


 アヤメのパワーを少しだけミズキにまわしたとき、エレベータが降りてきた。

 テーブルに置いてある食べかけのケーキを片付け、新しいお茶の為にやかんを火にかける姿はメイドそのものだ。

 紅茶はアッサムティー。それが大事なお客を迎えるときの決め事だった。


 エレベーターの扉が開いた。


「ようこそ」


 目の前で深々と頭を下げているメイド姿にナオは驚いた。


「あなたがアヤメさんですか」

「はじめまして。あなたがナオさんですね。でこちらが」

「トモヤ・ソガ・クロタキです」


 トモヤが手を伸ばすと、アヤメは素直に握り返した。


「ご丁寧にどうも」


 営業スマイルではなく、本当に優しい笑顔でアヤメは二人を迎えいれた。


「私はサクラ様の身の回りの世話をしています」

「サクラ?」

「はい。あなた方が管理者と呼ぶメインフレームの一つです。公にはされていませんが、管理者は全員きちんと名前があるんですよ。ここの管理者はサクラという名前です」


 ナオは部屋の奥へと続く扉を見つけた。そこには可愛くサクラと書かれた表札がぶら下がっていた。


「あの先に……」


 進もうとしたナオをアヤメが遮った。


「この先にお入れさせるわけには行きません」


 相変わらずやさしい顔のまま、アヤメは強い口調でそう言った。


「まずはお座りください」


 アヤメの勧めるままに、二人はソファーに座った。目の前に出された紅茶の香りがナオの鼻を心地よく刺激する。


「どうしてあなたはサクラ様にお会いしたいのですか」


 何から説明したらいいのかナオは迷った。


「特別な事情がない限り、人間をサクラ様に会わせる事は出来ません」


 それにはトモヤが答えた。


「コンピューターに支配された社会を人の手に取り戻す為です。そのためにあなた方は排除されられなければならない。そしてそれを実行する為に、僕たちはここに来たんです」


 建前だった。大義といわれ信じてきた事だった。いやトモヤはまだそれを信じているのかもしれないと思った。


「わたしたちが邪魔だとおっしゃりたいのですね」

「簡単に言えば」

「あの日、あなたたちは腐敗した政治と特権階級をなくすため、公平正大なコンピューターにその未来を託したのではなかったのですか」


 それは中学で習った。

 当時の政治はただ己の利益だけに振り回される政治家によっていいように利用されていて、人々はその苦しみから逃れる為、革命を起こした。コンピューターによる政治が今より悪くなる事はないだろうと当時の革命家は信じていた。

 歴史ではそう言うことになっていた。


「でも、革命を起こしたのは人間ではないはずよ」


 トモヤと対照的に、アヤメは全く驚かなかった。多分それが真実なのだろう。


「あれからまだ十五年しか経っていません。結論を出すにはまだ早いと思いませんか」


 確かにそうだ。何千年と続いた人類の歴史からくらべればほんの一瞬でしかない。


「それに十五年前より悪くなっている事は、なに一つないはずです」


 アヤメの言う事はいちいちもっともだった。

 定期的に行われてる世論調査では、今の生活に満足していると言う回答がほとんどで、今のシステムに異議を唱えているのは、権力を剥奪された政治家と、ナオたちのような時代遅れのテロ組織ぐらいだった。

 それは情報操作でも、洗脳でもなく素直な一般市民の意見だった。


「あなた達だって、今の生活に不満がある訳ではないんでしょう」

「でも、すべてをあなたたちに任せておいたなら、人間はきっとだめになる」


 それでもトモヤは食い下がった。


「そうでしょうか。あなたはどうですか」


 アヤメはナオに向ってそう問い掛けた。


「わたしは」

「何か不満がありますか」

「いいえ」

「ではどうして、あなたはここにいるのですか」


 ナオは答えなかった。いや答えられなかった。これ以上建前を論じるのはつらかった。

 トモヤもそれは同じだった。大義自体が意味のあることではないと気付いていた。

 ただ違ったのは、ナオにとってはこれがすべてだと言う事だった。

 四歳で両親を無くしてニシに育てられてきたナオは、小さい頃から「コンピューター支配からの開放」という目的の中でただ生きてきた。それは疑うべき事ではなかった。疑ってはいけないことだった。でも――。


「本当の目的はそんな事ではないんでしょう」


 ナオの頭の中に一つの言葉が浮かんだ。それは彼女が意図して封じていた言葉だったので、ナオは震えながら首を大きく横に振った。


「係長?」


 心配して伸ばしてきたトモヤの手を払いのけて、ナオはアヤメを見返した。


「復讐。ですね」


 アヤメの目は鋭く、先ほどの優しい雰囲気はどこかに消えてしまっていた。


「あなたのご両親のことは残念でした。それとレイラさんのお母さんの事も。けれどただ復讐の為だけであれば、どうかお引き取りください。あなた方の復讐で、何十万人もの市民に迷惑をかけるわけには行きません」


 アヤメの言葉に間違えは無かった。


『でもあの人たち、何が不満なのかな』

『すごく住みやすいと思うけど』

『普段気にした事ないや、そう言うこと』


 ナオが指揮したテロのニュースを見た同級生の言葉が、次々と頭に浮かんでは消えた。


「復讐は何も生みません。おかえりください」

「違うんです」


 ナオはそう言って立ち上がった。


「わたしの両親はミズキに、いえサクラに殺されました。憎くないといったら嘘になります。でも、サクラがそうしなければならなかった理由がきっとあるに違いありません。それを教えてもらいに来たんです」


 アヤメはナオの話を聞き終えてから、ゆっくりと立ち上がった。


「お引き取りください」

「アヤメさん」

「お引き取りください」


 二度目はかなり強い口調に変わった。


「どうしてです」

「簡単なことです。憎しみの感情を持つ者を、サクラ様に会わせる訳にはいきません。それが私の仕事です」


 アヤメはミズキの正面に立ちふさがった。


「相変わらず仕事熱心ですね、アヤメちゃん」

「アキ・・・・・・」


 アヤメの顔が曇った。彼女はアキの事を知っているようだった。アキの後ろにはクマを抱いたイクミと、全身傷だらけのレイラがいた。


「今日は一体どういったご用件ですか」

「久しぶりにサクラ様に会いに来たんですよ。それとあなたに」


 アヤメは睨んでいたが、アキは笑っていた。


「あの方はお元気ですか」

「どうでしょう。最近、お会いしていないので」

「そうですか。いま取り込んで居ますので、そこでお待ちいただけますか」


 アキは言われたとおりにソファーに座って話を続けた。


「あの方から伝言があるんです」


 会社で会ったアキとは別人だと思うぐらい、威圧感のある話し方だ。アヤメさえもそれに押されている。


「後にしていただけませんか」

「でも、彼女の事だからね」


 二人の視線がナオに集中した。


「分かりました」


 アヤメは納得のいかない顔のまま、アキの意見を受け入れた。

 目の前に現われたウインドウを開いて中身を確認すると、アヤメは眉を寄せながら慌ててそのウインドウを閉じた。


「ナオさん。あなたはサクラに様に会わなければなりません」

「どうしたのよ、急に」


 手のひらを返したような対応に、かえってナオは戸惑った。


「サクラ様の部屋へご案内いたしますが、あなたは決して復讐を考えてはなりません」


 アヤメが入口の電子ロックをはずすと、扉はゆっくりと手前に開いた。


 少し薄暗い部屋の正面には大きなガラスがはめ込まれていて、中には高さ二間、幅六間の巨大なコンピューターが置いてある。

 その前に少女が一人、机に腰を掛けてナオを待っていた。


「ようこそ、ナオさん」

「あなたがサクラ」

「はい」


 十五、六のかわいらしい少女だった。もちろんコンピューターが作り上げた偶像だ。それでも自分の仇だとはとても思えなかった。

 彼女は、記憶の中の母親にとてもよく似ていた。


「そちらはレイラさんですね」


 後から入ってきたレイラも、何時に無く緊張していた。サクラは彼女にとっても仇のはずだが、ナオと同じく憎しみを感じる事は出来ないようだった。

 トモヤとイクミは部屋の外で待たされていた。入口にはアヤメが立っていて、アキの姿はみえなかった。ジュリエッタがアヤメの後ろに浮かんでこちらを覗いていた。


「両親の事を聞きに来ました」

「聞いてどうするつもり」

「ただ知りたいだけです。あなたがなぜ、わたしの両親を殺したのか。その理由を、そしてその意味を……。わたしはそれを知りたいんです。そしてそれを知っているのは、世界中であなただけなんです。お願いします」


 サクラは何も言わなかった。けれどその目は悲しんでいるようにも見えた。


「そうでないと私、生きていく意味を失ってしまいそうなんです」

「あなたのお父さんのことは良く知らないけれど、お母さんは・・・・・・そうね、とても優しかったわ。私たちに対しても。そして私たちはみんな彼女を愛していたわ」

「母はここに居たんですか」

「そうよ。彼女はここで私たちと一緒に暮らしていたわ」


 反対派のはずの母親がどうしてここに居たのだろう。


「じゃあ、どうして」

「彼女がそれを望んだからよ」


 ナオは耳を疑った。母親は自ら死を選んだと言うのだろうか。


「アキ」


 アキが入口から姿を見せた。


「はい、サクラ様」

「あの方はどうしろと」

「別に何も。ただ、あわせてあげなさいと」

「そう」


 ナオは決心した。仲間を裏切る事になるけれど、止むを得ないと覚悟を決めた。あるいはそれで多くの無関係な人たちの命が救えるかもしれないと考えた。


「時間がないんです。ここを建物ごと破壊する計画が進んでいます。だからその前に」


 サクラはそれを聞いて大声で笑った。


「人間とは、同じ過ちを繰り返す生き物のようね。それは人が人である証かも知れないれど、とてもおろかな事に違いないわ。まあ、それは人間に限ったことではないけれど」


 最期の言葉は自分に言っている様にも聞こえた。


「十五年前も、あなたのお父さん達はわたしをそうやって私たちを破壊しようとしたのよ。当時何百人と言う人間が働いていたこの建物といっしょにね」


 今は数十人しか働いていないこの施設も、開設当時は沢山の技術屋が働いていて、街も今より遥かに賑やかだったと、中学の社会の時間に教えられた。


「だからミズキに命じたのよ。その計画を阻止しなさいって。殺しても構わないからって」


 サクラの話をどこまで信じたらいいのか分からなかった。それでもサクラの話は衝撃的だった。母は何百人もの命と引き換えに殺されたのだ。


「でも、その計画を知らせてくれたのは、あなたのお母さんよ。あの人は私たちによる支配が人間を退化させると言って反対していたけど、何百人もの無関係な人が助かるなら、自分たち十三名が犠牲になってもかまわない。そう言っていた」


 母親は自分と同じ考えだった。それを聞いてナオは安心した。


「いやむしろ自分も殺してくれと」


 なんとなく分かる気がした。仲間を犠牲にして、自分だけ助かる事は出来ないと思ったのだろう。後ろめたい思いのまま生きていくのは辛い事だ。ナオはでも、自分だけを置いていった母親に少しだけ腹を立てていた。


「計画だけを止めようとはしなかったの」

「貴方なら止められますか」


 ナオは自分を振り返って気付いた。強力な思いに取り付かれた人は、言葉だけではどうする事も出来ない。それは痛いほどわかっていた。

 ナオは目から涙がこぼれ落ちているの気付いた。止め処もなく流れてくる涙を両腕でふき取りながら、ただ泣いていた。


「でもどうして、母は死んで、私だけが生き残ったの?」

「そのネックレス」


 ナオはネックレスを取り出した。


「それは私たちの攻撃対象から外れるようにプログラムされた一種のプロテクタなのよ」

「だから私だけ・・・・・・」

「そう。私たちはあなたを直接攻撃することは出来ないの」


 ネックレスを握り締めた。これに母の想いが込められているんだと感じていた。


「あの人は、私たちを作った事を後悔していたのかも知れません」


 アヤメがナオの後ろからそっと呟いた。


「創った?」

「はい、私も、サクラ様もそしてミズキも、あなたのお母様に創っていただいたのです」


 ここに住んでたと言うのは、つまりそう言うことだったのだ。

 もう涙は乾いていた。アヤメとサクラを交互に見てからナオはゆっくりと目を閉じた。


(お母さんは後悔していたのかもしれない)


 それが母の想いだとしたら、私のやるべきことは一つしかない。


「レイラ、私のすべき事がわかったの。でもそれは、復讐なんかじゃない」


 サクラの判断が正しかったとしても、ナオの両親を奪ったことに違いは無かった。そのことは確かに憎かった。でも――。


(お母さんはサクラを創ったことを後悔していたのかもしれない)


 アヤメのその言葉に、ナオは完全に取り付かれていた。


「これは運命なのよ」


 それが正しい選択だとは言い切れなかった。アヤメの言う通りこの街の何十万と言う関係ない市民に迷惑をかけるだけかもしれない。

 けれど今のナオには、これしか選択肢は無かった。


「貴方はどうするつもりなの」


 サクラの言葉で、ナオは決心した。

 もう一度ネックレスを握り締める。


「私は、母の意思とともにある」


 すばやく拳銃を取り出すと、そのまま引き金を引いた。

 銃身から飛び出した弾はまっすぐにサクラの頭めがけて飛びだした。

 それでもサクラは笑っていた。

 笑ったまま、まっすぐナオを見つめていた。それはまさしく母の笑顔だった。


「それがあなたの答えなのね」


 弾はサクラには当たらなかった。

 サクラの目の前に踊り出たアヤメの刀がナオの銃弾を弾き返したからだ。

 冷め切ったアヤメ視線がナオの体を貫いた。その恐ろしさはミズキの比ではなかった。ナオの心に絶望が走り抜けた。

 弾き飛ばされた銃弾はナオの首筋を通り抜け、ジュリエッタにを氷のようにこなごなに吹き飛ばした。

 銃弾で切断されたネックレスがゆっくりと床に落ちる。

 ナオの目がそれを追っている隙を狙って、アヤメは刀を振り下ろした。

 レイラが飛び出してアヤメの刀を受け止める。

 持っていた刀を手放すと、ミズキは新しく創り上げたMSPの刀を振り上げた。

 それはレイラの体を縦に走りぬけて、飛び散ったレイラの血がナオの頭に降り注いだ。

 倒れこむレイラの体をすり抜けたアヤメが、レイラの血で真っ赤に染まった刀をナオの腹部に突き刺した。

 口の中が血の味で満たされて、イクミの叫び声が遠くから聞こえてきた。

 刀に刺された痛みを感じる間もなく、ナオは意識を失った。

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