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十三番目に輝く星(2005)  作者: 瑞城弥生
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十一 新しい力

 アヤメは相変わらずソファーに座ってお気に入りの映画を見ていた。何度見ても同じところで泣いた。はじまって百五分三十四秒六八に始まる主人公の台詞のところだ。

 生き別れの娘に、自分が父である事を告白するシーン。台詞、役者、音楽。どれがいいと言うわけではなく、その三つがうまく重なり合ったからこそ、そのシーンはすばらしいのだ。

 アヤメの隣では、そんな彼女を冷静に見下ろしているミズキの姿があった。

 ミズキは感動と言ったような感情の機能を制限してある。日常的にそれで困る事はないし、そう言った感情はむしろ邪魔だとさえ思っていた。アヤメはどちらかと言うと怒りとか憎しみとかの感情を抑えてある。

 それらはすべて情報省としての実験の一環だった。

 MSPと自律システム、それに感情制御システムを搭載してコンピューターを人間に近づけようという実験は革命以前からも行われていた。人間で言えば臨床データーを取るようなもので、各行政区に設置されているMSPは同様に機能の一部を制限してある。

 そのためにメインフレームを含む六十四台のMSPはすべて個性ともいえる性格的な違いが確認されていた。


『第五支局から荷物が届いています』


 ミズキの目の前にウインドウが開いて、着信した伝言を表示した。


「何か来たみたい」


 ミズキは踵を返すと、搬入口へと続くエレベーターに乗り込んだ。

 搬入口には、家庭用冷蔵庫を少し大きくしたようなコンピューターが二台あり、その脇に少女が一人座っていたが、ミズキに気付いて立ち上がった。


「お久しぶりです。ミズキさん」

「ヒユ」


 少女はスカートについた埃を払ってから手を差し出した。


「よろしくお願いします」


 ヒユと呼ばれた少女は第五管理局付属研究所の研究員で、彼女もMSPだ。この国を統治する上で統治者が自らをバージョンアップし、バグフィックスしていく事は重要だと考えられていた。その為の研究機関として設置されたのが第五管理局付属研究所だ。そこにはヒユのような研究専用のコンピューターが設置されている。

 ヒユは持ってきたコンピューターを二台とも電算室へ運ぶと、その一つをミズキの横の開いているスペースへ設置した。


「どうしたんですかこれ」


 アヤメが来客用の紅茶を注ぎながら尋ねた。


「こっちは私のモバイルです」


 MPSは行動範囲が限られているため、出張などで遠くに出かけるときは中継機能を持った移動用コンピューターを持ち歩く。それをモバイルと呼んでいた。


「ちょっと、なによこれ」


 ヒユは赤いマシンをミズキの増設スペースに設置した。


「新型の攻撃システムです。先月開発が終わったので、テストして頂こうと思って」

「全員に?」


 ヒユは作業の手を止めて笑った。


「まさか。一級都市の六型だけなんですよ、今回は」


 ミズキは管理者を守るプログラムの中で六型、つまりオフェンシブ・ウォールとも呼ばれる攻撃型の防壁だ。アヤメのような防御専門の二型と違って、六型は先手を打って相手を攻撃する機能も備えていた。十三ある行政区の管理者であるメインフレームはすべてこの二つの防御システムにより完全に守られていて、ネットからの不正アクセスを排除し、現実の物理攻撃を許さなかった。

 一級都市とは、人口が多い第一、第二、第五行政区と、ここ第十三行政区、それにその地理的中心にある第四行政区の五つの区の中心都市をさしている。


「どんなシステムなのよそれ」

「今までの攻撃力を三倍まで引き上げます」

「三倍ですか。格好いいですねそれ」


 横で聞いていたアヤメが自分の事のように喜んだ。


「それと、新しい機能が追加されました」

「なに、その新しい機能って」

「これです」


 ヒユはメモリーカードをミズキに投げてよこした。それを自分の端末に差し込むと、目の前にウインドウが開く。


『Wシステム取扱説明書』


 ミズキはそのウインドウを片手で掴むと、ソファーに座った。横からアヤメが覗き込む。


「このシステムは、今までの攻撃方法とはまったく異なる画期的なシステムで……」

「声に出して読まないでよ」

「ごめんなさい。でも能書き長いですね」

「説明書ってそう言うもんなんですよ。具体的なことは十ページくらいに書いてあります」


 すでに作業を終えたヒユは、カーペットに正座をし、アヤメの入れたフレーバーティーを口にした。


「おいしいですね。このアップルティー」

「あの、よかったらケーキもありますけど」

「本当ですか、是非頂きます」


 和気あいあいとお茶を楽しむ二人を横目に、ミズキは説明書の続きを読んだ。


「これ、試したんでしょ」


 二人の会話を遮って、ミズキはヒユに問い掛けた。

 特殊なシステムだ。いきなり試すのには少し不安だった。


「はい」

「あんたが?」

「いいえ、私ではマシンパワーが足りませんから。サツキさんに実験台になっていただいたんです」


 サツキと言うのは、第五管理局に設置されている六型コンピューターだ。十三台ある六型のうち、第五行政区担当のサツキは、併設している研究施設の防衛システムもかねている為、ミズキの二倍近いマシンパワーを持っている。


「サツキで大丈夫でも、他には重過ぎるんじゃない」

「いいえ、だいぶパワーを落として実験しましたし、次は臨床と言う事でミズキさんにお願いするんですよ。ミズキさんで大丈夫なら、他も大丈夫です」

「私が一番非力だものね」


 一番最後に導入されたミズキは、財政不足もあって他の六型よりスペックが低い。先日の定期メンテナンスでオーバードライブを取り付けたから二パーセントほど性能はアップしたが、それでも一番非力なのは変わらなかった。


「すぐ始める?」

「はい。お願いします」

 

 地下一階の搬入スペースで測定用の機械を広げたヒユは、その数値を見て感心していた。


「さすがミズキさんですね。もう完全に使いこなしています」


 ミズキはマシンスペックの低さを高性能な制御用プログラムでカバーしていた。


「これってどういう仕組みなの」

「それは企業秘密です」


 ミズキはそれ以上聞かなかった。どんな仕掛けで動こうが実際のところ関係ない、要するに使えればいいのだ。


「このシステムはマシンパワーを非常に消費しますから、連続して使うとMSPまで手が回らなくなってフリーズする危険もあります。プロセスの優先順位を余り上げないでくださいね」


 MSPがフリーズすると言う事は、人間にたとえれば死を意味する。もちろん再起動で復活することはできるが、記憶の一部が飛んだりするので、出来ればそれは避けたかった。


「そんな危ないものを付けるわけ」

「科学者とは、常に新しい技術と限界にチャレンジするもんなんですよ。それがたとえ大きな犠牲を払う事になったとしてもです」

「大きな犠牲ね」


 ヒユは四型、つまり研究用のシステムである。第五管理局付属の研究室には三台の四型コンピューターが新しいシステム開発を行っている。彼女たちは自らを科学者と呼んだ。


「最初は出力を抑えてください。実践で使う事は余りないでしょうけど」

「実践で使わなくて、何時使えと言うの」

「それもそうですね」


 試験が終了すると、ゆっくりとお茶を飲む間もなくヒユは研究所に戻っていった。残念そうに見送るアヤメに「また来ます」と社交辞令だけは残していった。


「素敵なおもちゃを貰いましたね」

「おもちゃね……」


 ミズキは自分の本体に寄り添うように取り付けられたコンピューターの表面を指でなぞりながらいつものように冷たく笑った。

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