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十三番目に輝く星(2005)  作者: 瑞城弥生
10/14

十 自らの思いの為に

「係長、課長が呼んでましたよ」


 ナオは職場に戻るなり、ミエの呼び出しを食らった。


「やっぱ怒ってた?」

「はい。それはもう」


 アリサの言葉には哀れみが込められていて、その表情は恐怖で引きつっていた。

 ミエの怒りの度合いはそれだけで十分に想像できたので、ナオは覚悟を決めて課長室へ向ったが、そこにミエは居なかった。


「課長は地下の稽古場で待っていますよ」


 ますますやばかった。

 稽古場に入ると、全身怒りのオーラで身を包んだミエが、袴姿で木刀を構えていた。


「構えなさい」


 体の奥底から響くような声だった。

 ナオは恐る恐るミエの前に立つと、ミエから渡された木刀を構える。

 剣術ではレイラをしのぐほどの腕を持つミエに、どうあがいても敵うはずはない。


「あの、課長?」


 何とか逃げられないものかと、とりあえず声を掛けてみたが、まったくの無駄だった。


「問答無用」


 大きな掛け声とともに、ミエが木刀を振り下ろす。辛うじて受けてはいたが、その力強く正確な打ち込みに、ナオはどんどん押され始めた。

 ミエは、ナオを思いっきり突き飛ばすと、わき腹めがけて木刀を振り下ろした。何とかその攻撃を防いだナオは、木刀ごと横の壁に飛ばされた。

 立ち上がろうと顔を上げた時、ミエの木刀がナオの頭に落ちてきた。

 とっさにそれを受けたナオの木刀は、ピシリという音を立てて真っ二つに折れた。


「随分派手にやってくれたんじゃない」

「すいません」

「まあ倒されるSPもだらしないんだけどさ」


 部下がフォロー出来ない失敗をした時は、よくこうやって怒りを発散してから本題に入る。


「収穫はあったの」

「はい」


 汗を拭き始めたミエの顔は、いつも通り穏やかだった。


「本社は第十三管理局を建物ごと破壊する計画を進めています」

「知っているわ。昨日連絡があって、実行は一週間遅れになったみたいだけど」


 ニシが約束を守ってくれたようだ。一週間でもナオには嬉しかった。


「大義にしては犠牲が多すぎる気もするんだけど、本社はどういうつもりなのかしらね」

「いいえ、これは大義ではありません。復讐です」


 ミエはすでに知っていたかのように澄ました顔のままだった。


「で、その復讐に手を貸すわけ」


 ナオは身震いをした。

 復讐。――それはずっとナオの心に引っかかっている言葉だった。


「両親はミズキに殺されたんです。それは間違いありません。殺された理由は知りたいと思います。でも――」

「復讐は何も生まない、か。使い古された台詞よね」


 復讐の虚しさを語るつもりも無い。ただ、十五年間忘れていたのだから、実感が無いだけなのだろう。現にニシはそれを成し遂げようとしているのだ。

 すべてを話すべきか悩んだが、ミエの立場上知るべきでは無いと思い留まった。


「本社が動く前に、私が管理者を倒してきます」

「どういうこと」


 ミエの顔が、今度は驚きの表情に変わった。


「約束したんです。無駄な犠牲を出さない為に」

「でも、今回の件で、あんたは一週間の出勤停止よ」

「一週間?」

「事業部長の決定なの」


 本社のSPを理由も無く倒したのだからこのくらいのペナルティーは覚悟していた。


「作戦は一週間後よ。どうするつもり」

「これから考えます」


 以上ミエに迷惑は掛けれない。静かに礼をしてから、ナオは稽古場を後にした。


 まっすぐ事務室に戻る気にもなれず、ナオは食堂に寄り道をした。

 壁に打ちつけた背中が痛かったし、木刀を伝わってきた振動はまだ手に残っていた。

 夕食は済ましたのでおなかは空いてなかったが、何故だか甘いものが食べたくなった。ホットケーキのセットを注文して、ナオは窓際のテーブルに座った。

 食堂は二階にあり、本社と同じく地域住民に開放されていた。とはいっても、ここはオフィス街で、モーニングセットと昼の日替定食以外にそれほど需要はない。ナオと同じ制服の女子社員と営業を帰りの他社の会社員が遅めの夕食を食べていた。


「ここ、いいですか」

「はい」


 そう答えてから、ナオは顔を上げた。こんなに空いているのに同じテーブルに座るなんて普通じゃない。


「係長もいまお食事ですか」


 アキ・ヒダカがサンドイッチにコーヒーの載ったトレーを目の前において座った。


「夕食、それだけで足りますか」

「これはデザートよ。夜はきちんと食べたもの。あんたは夕食?」


 サンドイッチを口に入れてながらアキは頷いた。


「ミズキさんには会えたんですか」


 そういえばアキには結果を報告していなかった。


「うん。一応ね」

「その顔だと、いい結果では無かったみたいですね」

「残念ながら惜敗でした」


 惜敗と言うより、惨敗と言うのが正しかったが、ナオは少し見栄を張った。他の部署に格好の悪いところは見せられない。


「磁石の効果はいかがでした」

「発想はよかったのよ、彼女は磁気には弱いみたい。でもすぐに破られたわ。相手も磁気を発生できるみたいで、二発目からは弾き飛ばされちゃった」

「打つ手無しですか」

「そうでもないのよ。新兵器があるの」


 ナオは小さな声で少し得意げに言い返した。


「取って置きのね。でも内緒よ」


 ナオは唇に人差し指を当てて小さくウインクをした。


「また行くんですね」

「そうよ」

「それでは選別に面白い話を一つお教えしましょう」


 アキが真剣な目つきに、ナオは姿勢を正した。


「管理者には、もう一人MSPの護衛がいます」

「護衛?」

「はい、外部からの攻撃を排除し、管理者を守るプログラムです。彼女の許可なくして管理者には会えません」

「そいつも倒せばいいんでしょ」

「ミズキより冷静で、とても強いですよ」

「そう。それじゃ私には無理かもね」


 ナオは目をそらして外を見た。夜の空に雪がちらついている。


「でも行かなきゃならないのよ、どうしても」

「管理者を倒しに行くんですか」

「そうよ」


 そう返事をしたが自信はなかった。ナオの本当の目的は管理者を倒すことではなかった。


「何故ですか」

「え?」

「どうして管理者を倒さなければならないんですか。何も今の世の中を変えなくても人は十分に満足して生活しているはすです」


 ナオはアキも自分と同じ考えをもっている事に驚いた。情報局から転職して来たからかだろうか。それでも立場上その意見に同意する事は出来なかった。


「機械にすべてをまかせておけば人間はきっとだめになる。その考えは間違っていませんが、ここの手段は理論的ではないと思います。それに……」

「何よ」

「係長がこれからしようとしている事は、その大義とも違うんじゃありませんか」


 ナオはテーブルの下で力いっぱい拳を握り締めていた。

 図星だった。大義の事などすっかり忘れてさえいた。ただ自分の事だけ考えていた。自分が知りたいことさえ分かれば、後はどうでも言いとさえ思っていた。


「そうかもしれない。でも、人として間違った事をしようとしているわけではないわ。それをしようとしているのは……」


 そこまで言いかけてナオは、本社の計画をアキが知っているのではないかと思った。


「あなた、まさか」


 アキが笑って立ち上がった。


「気をつけて行ってきてくださいね。私は係長の事を応援していますから」


 食べ終わったトレーを持ち上げると、アキは食堂から出て行った。

 誰もいなくなった目の前の席をながめたままナオは考えていた。

 いくら考えても、答えは出なかった。いや、答えは一つしかなかった。

 管理者。

 あの人に会わなければ、そうしなければその先に進む事は出来ない。

 会社の係長としてではなく、大義を背負ったテロリストとしてでもなく、一個人として、母を想う一人の娘ナオ・ヨシノとして逢いに行こう。

 アキの事は気にかかったが、今はそれに構っている時ではない。それに、それはナオの仕事ではなかった。

 最後のホットケーキを口に放り込むと、ナオは事務室へと戻っていった。


  *


 病院のベッドで時間どおりの夕食を食べ終えたレイラは、ぼんやりと母親の顔を思い浮かべていた。六歳の頃、離婚した母親と一緒にこの街に来たが、すぐに母親を事故で失い、フィックス・スター社の孤児院に入れられた。

 母親を失った悲しみが余りにも大きかったので、レイラは父親を探すということさえ思いつかずに、一人ぼっちのまま今まで生きてきた。


「ヤシンさん。お客さんです」


 天井のスピーカーから看護士の声が聞こえた。

 会社の同僚なら遠慮しないで入ってくるはずだ。それ以外で彼女を訪ねてくる者など居るはずがない。不思議に思いながらも体を起こして客が来るのを待った。

 遠慮がちに入口から覗き込んでいる男の顔には見覚えがあった。出張帰りに襲撃したトラックの運転手、サトシ・ツガワに間違いなかった。

 男は部屋を見回し、レイラを見つけると、決心したように近づいてきた。


「こんばんわ。ヤシンさん。御気分はいかがですか」


 男は緊張していた。


「ツガワさんでしたか?」

「覚えていてくれましたか」

「ええ」


 サトシは持ってきたお見舞いの品をサイドテーブルに置いてから、備え付けの丸椅子に腰掛けた。


「この前は本当に驚きましたよ。まさか屋根づたいに来るなんて思いもしなかったです」


 サトシはそう言って笑ったが、レイラは黙っていた。

 この男、サトシがここに来た理由は一つしかありえない。しかしレイラにはそれを切り出す事が出来なかった。

 サトシが持ってきた包みを開けた。中身はクッキーだった。レイラが小さい頃、父親がよく買ってきてくれたあの店のクッキーだ。


「まあどうぞ、美味しいですよこれ」


 サトシに勧められるまま、レイラはクッキーを手にとった。懐かしい味が口の中に広がっていき、レイラの目に一粒の涙が浮かんだ。


「あれから随分と貴方を探していたんです。昔の写真を持ち歩いて、だれ構わず聞いて歩きました。十八年前の写真だけじゃもう見つからないと、正直諦めていたんです」


 サトシは一息ついて、クッキーを口に入れた。


「たまたまイクミって言う女の子に会いましてね。貴方がここで入院していると教えてもらったんです。あの時は突然の事で気付かなかったけど、今なら分かります」


 かばんから取り出した写真をレイラの前にかざしてサトシは笑った。若い男と小さな女の子の写っている写真だった。

 レイラは戸惑っていた。十六年も会っていないこの男が、自分の父親だと頭では分かっていても、それを直ぐに認めることは出来なかった。


「あの人には悪い事をしました」


 思想の違いによる離婚は当時としては珍しく無い。そのことでサトシを責めるつもりも無かったし、それ以外にもこの男を責める理由は一つとして思いつかなかった。


「母は死にましたよ。十五年前に事故で」

「事故?」


 友達の家に出かけた母親は、そのまま帰ってこなかった。後から事故だと聞かされたが、詳しいことは誰も教えてくれなかった。


「そうですか、聞いてないのですね」

「どういうこと」

「十五年前と言えば有名なあの事件です。反体制組織のアジトが何者かに襲われて皆殺しされたでしょう。貴方の母親もあの中に居たんですよ」

「じゃあ、殺されたって事」

「そう言うことになりますね」


 それを聞きいても、レイラは何故かショックを受けなかった。母親が何をやっていたのかいくら調べても何も出てこなかった。それがかえって怪しいと感じていたが、そう考えれば納得がいく。


「退院したら食事でも行きませんか」


 サトシは意図して話題を変えたが、レイラはただ頷くだけだった。

 二人は黙って座っていた。隣の患者が持ち込んだテレビから、第十三管理局がロケ地になった映画『サクラの咲くキセツに』の台詞が聞こえてくる。それは主人公の少女が生き別れの父親と再会するシーンだった。


 面会時間終了の放送が流れるとサトシは帰り支度をはじめた。


「お父さん」


 その言葉を言ったのは何年ぶりだろう。レイラは恥ずかしくなって視線を落とした。


「ん?」

「また、来てくれるよね」

「ああ」


 レイラはもう一度サトシの顔を見た。記憶の中の父親より随分と年を取っていた。白髪は増えていたし、かなりやつれもていた。

 過ぎていった時間は取り戻せない。でも、これからは……。


「おやすみ」


 サトシはそう言って病室を出て行った。


「おやすみなさい」


 父親との再会は嬉しかった。けれど母親の事はそれ以上に気になった。

 母親を殺した相手のことを考えたとき、自分の中のに怒りに似た感情が湧き上がってきた。


(復讐? まさか)


 レイラは小さく笑った。そんな事をしてどうなると言うのんだろう。それでもその感情は自分でも抑えきれないほど大きくなっていった。

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