1.3 治療
それから五人はほとんど言葉を交わすことなく晃飛の待つ家へと戻った。
時間とともに降りしきる雪の量が増していくのを、己の抱く不安や焦り、そして何もできない悔しさと同調させながら眺めていた晃飛だったが、玄関の方で物音が聞こえるや、まだ動きの悪い足をもつれさせながら玄関に迎え出ていた。
帰ってきた五人は全員がひどくくたびれていた。空斗と仁威を除く三人については闘いの痕跡、負傷がみられたし、空也と珪己はそれぞれを大切に想う男に抱えられている有様だった。空也など、兄の腕の中で完全に脱力してしまっている。
しかし、五人のいずれもが満ち足りた顔をしていたので、晃飛は笑みを浮かべることができた。
「おかえり。みんな無事でよかったよ」
これに珪己がわずかにほほ笑んだ。その珪己が自然な動作で仁威を見上げ、これに仁威が柔和な笑みを返したから、二人が想いを通じ合わせることができたのだと晃飛は察した。
ふわり、と晃飛の胸の内に温かな流れが芽生えた。その温もりが意味することを思いつくと、晃飛は我が事ながら嬉しくなった。
(もっと嫌な気持ちになると思っていたのにな……)
幼少期から敬愛してきた仁威を他の人間に、しかも女なんかにとられたら、嫉妬で頭がおかしくなるだろうと思っていた。だから『恋をしないでくれ』と仁威に頼んだのに……なのに今、寄り添う二人のことを素直に祝福できている自分がいる。
そして一つの達成感に打ち震える自分もいた。すべてを懸けて護ると決めた珪己のことを、こうして仁威の腕の中に返すことができて本当によかった――と。
さらには『なぜ俺は今まで生きてきたのか』、その解の一つを珪己からもらったような気持ちになっていた。
だが感動の再会も冷めやらぬままに、いまだ元気のある三人があわただしく動き始めた。
空斗は半分眠っている弟を部屋に運び入れ寝かせるや、「馬を返して雨渓さんを呼んでくる」と再び出かけていった。仁威もまた珪己を部屋に寝かせると、誰に何も言われなくても台所で火をおこし始めた。どのような治療をすることになろうとも、また冷え切った体を暖めるためにも、湯は必要だからだ。
空斗も仁威も、己がすべきことを理知的に判断できている。
そしてこの場の主役となったのは、韓だ。
寝台に連れていかれた二人の患者の間を行ったり来たりし始めた韓だが、その手には医療器具や薬類が詰まった袋を常に掴んでいた。毛の診療のために持参していたものがちょうど役に立ったというわけだ。働くその姿には剣を常時携える武官の姿に通じるものが感じられる。
晃飛はそんな三人のことを手持無沙汰でしばらく眺めていた。何があったのか詳細を訊ける雰囲気ではないし、治療を手伝える体でもなく……。
ややあって韓が誰にともなく驚愕の宣言をした。
「嬢ちゃんはこのまま出産に入るぞ」
「ええっ?」
気色ばんだ晃飛に韓が苦笑いを浮かべた。
「とはいえまだ時間はかかるよ。なんたって初産だからな」
「あ……。それもそうか」
「そうさ。さて、では今のうちに空也の治療に取り掛かるとするか。梁先生、清潔な布や添え木になる棒を用意してくれんか」
「あ、ああ。それならたくさんあるよ」
自分にとってはほとんど用済みとなっているそれらの諸道具を晃飛がかき集めて氾兄弟にあてがわれた室に持参すると、韓は空也の鼻に何やら瓶の中身をかがせている最中だった。
「おお、持ってきてくれたか」
韓は晃飛の存在に気がつくと「そこに置いといてくれ」と言いつつ治療に戻っていった。空也の頬や腕を軽くつねり、その口元に耳を近づけ――老いが刻まれたその横顔には常とは違う真剣さがある。
やがて韓が空也のそばから離れた。
「よう眠ったぞ。ああ、これは眠り薬なんだ」
晃飛が問うよりも先に韓の方から説明してきた。
「今からすることはちと苦痛を伴うからな」
そこに仁威が湯を入れたたらいを持ってきた。置いたたらいのそばにはすでに別のたらいがあり、見るからに清涼そうな冷水で満たされている。仁威の手際の良さが察せられるというものだ。
韓は瓶をしまうと懐から襷を取り出し、手早く袖をまとめた。
「さあて。やるか」
まずは抜けかけた歯を歯茎に押し込んで薬剤で固定し、次に顎の下の傷を十針ほど縫い、最後に折れてずれてしまった指の骨を元の位置に戻す――そんなことを韓が簡潔に説明していく。わざわざ言葉に出すのは晃飛や仁威に説明するためでもあり、作業の流れをあらためて確認するためでもある。
「一応眠り薬は嗅がせてあるが、まれに効きが悪くて痛みで暴れ出す患者もいてな。だから……」
そこに「手伝おう」と次の言葉を察した仁威が申し出た。
「お前さんが?」
本当は晃飛に頼むつもりだったのだが。
まだ正体もよく知らない男の申し出にやや思案した韓であったが、
「ではこいつが動かないようにしていてくれ。何があっても、だ」
そこからは処置に集中していった。
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