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1.2 偽ることを引き受ける

 顔を見合わせた三人の十歩先では、空斗と双然がこれまでのことについて話し込んでいる。


「……なるほど。君がこいつらや毛を一人で倒したってわけか。すごいねえ」


 足元でうずくまる男三人に視線をやった双然に、「そうです」と空斗がうなずいている。だが平然としているようで、内心はひやひやしていた。嘘をつくことには慣れていないからだ。


 実は双然が現れた直後、さりげなく近づいてきた仁威にそっと耳打ちされたのだ。『悪いがすべてお前がやったことにしてくれ』と。


 正直、仁威の頼みは空斗には荷が重かった。自分一人では毛どころか他の男も一人として倒せる見込みがないからだ。


 だが十番隊の面々を武の力でもって制する権利がある人間は、この場では空斗以外にはいなかった。禁軍の武官である空斗ただ一人の権利であり、義務だった。だから引き受けたのだ――『偽る』ことを。


 それが空也を救ってくれた男に示せる最大限の感謝の意であり、身元を隠すことを望む二人に報いられる数少ないことだったのである。


 ちなみに御史台の双然ですら、正当防衛や捕縛のための最低限の武力行使しかゆるされていない。基本、御史台は命じられた任務以外ではその武力を用いてはならないからだ。


 その双然は、あまり納得していないようだが形ばかりは納得したようだ。


「じゃ、僕は用なしってことか」


 それでも「あーあ」と再度声に出すあたり、自分が活躍できる場面がなかったことが相当悔しいらしい。


 確かに昨夜の双然はそのようなことを明言していたが……しかしあれが本心からの言葉なのだと理解すると、空斗の中で双然に対する垣根がまた一つ増えた。好んで武力をふるいたがる人間のことは理解できないし、したくないからだ。なぜなら、一度闘えば自分と相手、どちらかが傷つくことは必定だからである。


 たとえば、もしも相手が男手一つで乳飲み子を抱える苦労人だと知ったら……それでも正義の名の下に迷いなく制圧することができるだろうか? 否、自分にはできない。それが偽りのない今の空斗の本心だったのである。


「せっかく準備してきたのになあ」


 双然の愚痴は延々と続いている。


「すみません、せっかくご足労いただいたのに」


(ああもう、早く話を終わらせてくれないか)

(やるべきことを終えたら弟を連れて家に帰りたいのに……)


 とはいえ、自分よりも高位の双然相手に何も言えるわけもなく。悶々としながらも受け答えをしていると、都合のいいことに韓が話しかけてきた。


「立て込んでいるところをすまんな」


 正直、実りのない会話を終えることができてほっとした空斗だったが、「どうやらあの娘が産気づいたようなんだ」という韓の発言に「ええっ」と大きな声を上げてしまった。一難去ってまた一難か、と。


 空斗の驚き方は「今すぐここで産まなくてはならない非常事態」だと思い込んだからこそのもので、「いやいや」と韓が苦笑しながらもそれを否定した。


「初産だからまだまだ時間はかかる。そこまで性急な状態ではないよ」

「あ……そうですよね。すみません、早とちりして」

「とはいえ、出産というものは何が起こるか分からないものだし、それより何よりここは寒すぎる。冷えは妊婦の敵だ」


 それに、と韓の目が馬のそばで横たわる空也へと動いた。


「あいつの治療も早々にしてやらんとな。命に別状はないが、折れて動いた骨や歯は早めに元の位置に戻して固定してやらんと」

「そ、そうですよね」


 これは渡りに船と、許可を得るために双然に視線をやると、「そうだね」と双然はあっさりと了承した。


りょう先生も奥さんのことが心配だろうし、君も弟のそばについていたいだろうし、もう帰っていいよ。こいつらは僕の方でどうにかするから」

「どうにかって……」


 理解が追いつかない空斗に双然がさらりと言った。


「御史台と五番隊、二つの立場を使ってどうにかしておくってことだよ」

「ですが……俺達は現場に立ち会わなくてはいけませんよね」


 なぜこのような事態になったのか、当事者として皆が現場に残り詳しく説明する必要があるのではないか。さらに自分に関して言えば、毛に対して過剰な武力を振るってしまった経緯について取り調べを受ける必要があるのではないか。事と次第によっては何等かの咎を受けなくてはならないのではないか――そこまで空斗は考えている。


 だから弟のことも韓に任せる他ないと考えていたのだが、これを「いいから」と双然が突っぱねた。


「全部僕に任せてくれれば悪いようにはしないよ。安心して」


 爽やかな笑みとともに善意を表出しにされ、空斗はこそばゆさの中にやや違和感を覚えた。御史台とはそこまで強い権力を有する組織なのか……と。


 とはいえ、最終的には「よろしくお願いします」と頭を下げていた。そうしたかったからというのもあるし、もう考えることが億劫なほど疲れていたからだ。そしてひどく寒かった。



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