6、彼の過去(レオグル視点)
パチンと懐中時計のふたを閉め、屋敷からの見えるバーティス国の王城を見る。
本来なら俺達は太陽の元には出られない。だが、この国の国王は始祖という特異な存在。
太陽の下でも、人間と変わらずに過ごせる上に膨大な魔力を持った特別な人達。
そんな彼等の力は、この国の要になると同時に吸血鬼達にとって救世主にもなった。
作られた結界により、国の中でなら太陽の下にでも死ぬ事がなくなった。元々、太陽の元に出たがらなかった吸血鬼達だが中には外に憧れを抱く者がいた。
海に憧れ、夜とは違う風景を見たい。
いつも見る夜の風景との違いを楽しみたい。
そういった思いもあってか触発されたように太陽の下へと出た。
自分達を殺してしまう光から、最初は恐れていたがこの結界のお陰で人間達の様に俺達も表に出るようになった。
そう旦那様から話を聞き、会った事はないがその存在が凄まじいのは分かる。
聞けば、この国の生誕祭には姿を見せるし密かに王都にも来ているのだという。気付かない間に、見ている可能性があるんだなと覚えておく。
「海の色、か……」
エーデルお嬢様と最初に会った時、俺は不安を抱えていた。
俺を拾い、働く場所を提供してくれた旦那様。そんな彼も、始祖と同様に太陽の下に出ても大丈夫な吸血鬼。
あの時の俺は死にかけていた。
吸血鬼を狩るハンター達により、俺に呪いを施した吸血鬼も死に次の標的にと狙われた。そうでなくても、育った村にいた両親、知り合い、友達もそのハンター達によって狩られた。
過去に吸血鬼によって、家族を奪われた人間がハンターになるという事はよくある話だ。
その刃が自分へと向けられた。憎悪を込められた目、憎いと吐きながら殺していく様を見て……関わっていなくても、吸血鬼と言う種族だけで狙われるのだと理解した。
俺を売った両親は、村を治めていた領主の吸血鬼から多額のお金を貰っていた。そうでなくても、村から1人はその領主へと行かなければならない。暗黙の了解と言えるものか、生贄として出された。子供が好きなのか、見た目が綺麗な者をお気に入りとしているのか逃げられないようにと呪いを施した。
逃げられない枷をつけられ、魔法を扱えてもその呪いは封じる力が強い。作用が発動している間、気だるさが纏わりつき正しい判断を出来ない。
ハンターの襲撃で、場を荒され抵抗している間に隙を見て逃げた。
俺と同じように閉じ込められていた仲間達も、一緒になって出ていったが……生き残ったのは俺だけ。殺されていく様を見て、何度足を止めそうになった事か。先に行けと言われ、死にたくない気持ちもあって無心で走った。
ハンターの追撃をどうにか振り切り村から離れる。殺されるんだという恐怖で前しか見なかった。
子供の体力だからいつまでも続かない。無理に動かしたのも限界に近く倒れた。このまま寝たら太陽にやられる。夜中の襲撃からどれだけの時間が経ったのか分からない。
このまま、死ぬ……のか。
自分の限界を感じ、覚悟した時だった。近付いてくる気配を感じて顔を上げる。
すぐに「無理はするな」という声が聞こえて、くる。
「この傷……ハンターにやられたのか。そうなるとこの近くはもう――」
最後に俺が抱えられてるというのが分かった。
震える手を握られ「大丈夫だ」と優しい声色で言われて――優しい手つきで、頭を撫でられたのを最後に意識をなくした。
「……」
「あぁ、起きたかい。傷を治したんだが、気分はどうかな」
次に目を覚ましたら俺はベットの上だった。
逃げる時に着ていた服は、ボロボロの布切れのだったのにそれが寝着に変わっていた。いつの間にか着替えさせられていたと分かり、じっと聞いてくる男を見る。
銀色の髪に紫色の瞳、見た感じが優し気な人。
だが、あの場に居たと言う事は彼も吸血鬼だ。纏う雰囲気は優しいのに、少しだけあの男と被る。何も答えない俺をどう思ったかは分からないが、何が合ったのか理解はしているのだろう。とても、苦し気に顔を歪めた。
「再三、アイツには止めるように言っていたんだ。小さな子供ばかりを自分の物にして、侍らすなんて……趣味に付き合わされる方は辛いだろうに」
同じ吸血鬼だけでなく、人間の子供にも手を広げていった所為でハンター達に気付かれる要因になった。
つまり……奴がまいた種に、俺達の村はそのまま巻き込まれたという事だ。自分だけが生き残った事と、居場所を奪われた事も含めていつの間にか静かに泣いていた。
色々な事が分からなくなる。
アイツを殺したかったのか。ハンターに何もかも奪われたのが悔しいのか……。
「止められなかった償いと言う訳ではないが、君さえよければここで働いてみる気はあるかい?」
泣いている俺にどこまでも優しい、旦那様。
土地を治めていた旦那様は、その手腕を買われて出来上がったばかりのバーティス国へと来る気はあるかと誘いを受けていた。
始祖と同じく太陽の下に出ても大丈夫な上、暮らしていた領民達が慕っている姿を見てそう誘ったのだという。名前だけは聞いてた国。
子供ながら、太陽の下にでも死なないとは羨ましい事かと思った。
その存在がすぐ目の前にいる。優しい温かさは、太陽のような感じで俺はすぐに頷いていた。
拾って貰った恩を返す。ただその一心で、俺は執事に必要な技術を身に着けた。
同時に護衛としての腕も磨く為に、旦那様に教わりながら魔物を狩っていく中で嬉しい出来事が起きた。
「初めての、女の子……でございますか?」
「そうだ。今まで男しか生まれなかったし、娘は欲しいなとは思っていたんだ。いやー念願叶ったというか、もう生まれたてが可愛いのなんの」
アトワイル家は、長年男しか生まれず娘を欲していた。そんな中、娘が生まれるのを聞いてからかずっと旦那様は挙動不審であり少し心配になって聞いてみるとそういった経緯だと話してくれた。
良かったですねと言い、身の回りの世話も含めてい行っていると旦那様から言われたのだ。娘を任せたい、と。
「え、っと……」
拾われてから2年ちょっと経った。
いきなり娘を任せたいと言われ、思考が固まりすぐに返事は出せなかった。思わず何で任せたいと思ったのかと聞けば――。
「最初に思ったし、今もなんだけど……瞳の色が海っぽいんだ。キラキラしているし、娘も気に入りそうだし♪」
気に入られる、という前提で話すんですね……。
しかし、恩を返すと決め以上は旦那様の期待に応えるべきだ。そう思うと、不思議と納得できた。俺で良いのであればと告げれば、旦那様は凄く嬉しそうにし「息子がデレたぞ!!!」と大きな声を出して廊下を走り回った。
恥ずかし思いで、その行為を防いだ俺は悪くない。
周りから温かい目で微笑まれ、すぐに奥様が「まぁ。私が抑えておくわ」と言って血の針を作り出したのは驚いた。
実力行使ですか!? 屋敷が壊れてしまいます!!!
その騒ぎを聞いたアレス様が、両親と共に俺をも巻き込んでの攻撃してくるとは思わなかった。
あれは……本当に死にかけた。幼いレファール様が見ている中で気付いた。楽し気に見ている彼を見て、とんでもない所に来てしまったのでは……と思うようになっていった。