4、兄さんと喧嘩
あれから数分後。口喧嘩をしてお互いに喉が渇き、ラーバル王子は終始笑いっぱなし。ひとまず静かになったのは、3人でそれぞれ用意されていた飲み物を飲んでいたからだ。ほっと一息つき、ジロッと兄さんを睨む。だけど兄さんは無視してラーバル王子に話しかけていた。
「おい、ラーバル。妹に手を出したらタダじゃおかないからな。地の果てまでも追い詰めて、ぶち殺しても足りねぇけど」
「ちょっと。殺しても足りないって酷くない? 死んでいるのに酷い仕打ちだなぁ」
「ったく。計算がズレだぜ……お前、戻ってこないからってエーデルの事を呼んだのに」
ゴニョゴニョと言う兄さんと違って、ラーバル王子は「だから早く戻ったのに」と本音を紡いでいた。
外交で忙しい彼がここにいる理由。それは、どうも私を見たかったからだという。何故? と思っていると、護衛としている兄さんからいつもいつも私の話を聞かされてきたのだという。
そんなに言うなら、自慢の妹だと言うのなら会いたいと思うのが普通なのだとか……。
「だと言うのにアレスの奴、酷いんだよ? 手紙は出すのに、その手紙すら見せてくれない。チラッとでも見たいと言ったら、今みたいに殺すだよ? 酷いよねぇ~」
「え、えっと……」
間近に迫られて思ずドキッとした。すると私とラーバル王子の間に黒い壁が出現した。それに驚いている内に、ひょいと兄さんの膝の上に乗せられた。「え」と驚いている内に、ラーバル王子が「うわー」と言って兄さんを軽く睨んだ。
「ちょっと、近付くのもダメなの?」
「当たり前だ」
「遠くから話したら声を大きくしないといけないじゃん」
「だからなんだ」
「……そんなに妹さんと2人きりにさせないんだね。凄い、徹底ぶり」
若干引いているラーバル王子。すみません、兄さんは昔からこうなんです。頭を下げていると「下げるな」と乱暴に頭を掴まれて、無理に上を向かされる。ちょっ、首が痛くなるんだけどっ……!!
「……バカ」
「バカで結構」
結局、私は兄さんの隣から動く事が出来なくなった。ラーバル王子は近付かない代わりに、向かい合わせになり「大変だね」と話しかけ頷こうとして代わりに兄さんが答えていく。え、答えるのもダメなの?
「そんな事するなら私に妹さんの話なんてしないでよ。いつも聞いている身としては気になるのは当然じゃないか」
「だから居ない内にって思ってるのに……」
一体、兄さんとラーバル王子はどういった感じに出会ったのか。
私の表情から悟ったのか軽くだけど話してくれた。
兄さんは城で働いていた時は、今の態度じゃないんだって。家でも似た態度なのに、どんな違いなのかと思わず聞きたくなった。でも聞いたら……睨まれるから止めておく。
元々、書類整理は早かったし並行処理も普通にしていたから文官として働いていたらしい。それが、変わったのは決められた期日に提出できていない書類の数々。
どんな流れで行っているのかとこそっと見に来た時に、兄の怒声が聞こえて来たというのだ。
『ぬるいやり方してるから、いつまで経っても終わんないだろうが!!!』
それだけで終わらず、私やレファールの名前を連呼し家に帰りたいだの、書類が終わらないからいつまでも帰れないと……それはもう大声で怒鳴り散らした。笑うのを必死で止めていたラーバル王子はそれが限界だった。すぐに怒鳴る兄さんを連れ出し、そのまま護衛に推したのだという。
「……」
「いやーあの時のアレスは面白くて面白くて……って、どうしたの?」
思わず遠い目になる私にラーバル王子は困ったように聞いてくる。
「あの……その時の兄さんが、ごめんなさい」
「ん? 別に謝らなくても良いのに。飾らない性格のアレスを気に入っているのも事実だし、実力あるのは分かってるしね」
平気だよと言うラーバル王子が優しすぎるっ……!! 兄さん、家でもここでも変わらずの態度だなんて。父様に知らせてもう1度教育を見直して貰おう。うん、そうしよう!!!
「おい、何考えてるんだよ」
「ひっ、ひたいっ!! ひたいって、ばっ……」
思い切り頬を引っ張らないでくれないかなっ!! しかも王子の目の前でだなんて。うぅ、酷い顔を晒しているよぉ~~。
「お兄様、ちょっとよろ……あら、お客様でしたか」
「ふえっ……」
新たな来客。しかも私は兄さんに頬を引っ張られ、みっともない顔を晒している。お兄様、なんて言うんだからこの方が間違いなく妹のレナリ様だ。灰色の髪が長く、銀色の瞳が一際美しさを引き立たせている。着ているドレスは黒くて凛とした雰囲気をそのまま表している。
兄さんに離してと視線で訴えるも、無視しているのかそのまま引っ張りを続行。
なんだかムカついたから、やり返してやると兄さんの頬を引っ張る。そのやりとりに再びラーバル王子が笑いにハマっている。気付いたらクスッと笑うレナリ様まで……!!!
「ごめんなさい。仲が良いんですね」
「ふんっ、誰が……」
「うわ、ひでぇ。久々の家族との再会なのに」
うぅ、まさか王子と王女にこんな現場を見られるだなんて……!!! 恥だ。私の一生の恥じゃないか。どうしてくれるんだと、兄さんをバシバシと叩く。既に私もここが王子の執務室だという事を忘れている。
その事に気付くのが遅く、再び恥ずかしさに縮こまったのは言うまでもない。