【番外編】初デート
使用人達に髪を整えられながら、顔がつい緩んでしまう。そんな私の反応を見て「そう言えば今日でしたね」と話題をふってくれる。
「うん。もう、昨日から眠れてなくて」
「お嬢様、それでは彼が可哀想ですよ」
分かってはいるが、こればかりはどうしようもない。そんな時、姿見越しにレファールの姿が映る。ちょうど、髪も整え終えたからか使用人達はお辞儀をして退出していった。
「嬉しそうだね、姉さん」
笑顔が可愛い弟を、ついつい抱きしめる。今日はバーティス国の建国記念日、その日にレオグルがデートをしようと話してくれた。嬉しくなってその日の内に、屋敷で働いている人達に話してしまった。困り顔なのに、最後には「まぁ、お嬢様ですし」と納得してくれた。
「兄さんはどんな感じ?」
「んーー。まだ無理」
実は体が頑丈な筈の兄さんが、寝込んでいるのだ。自室にはレファールだけかと思ったが、意外と言うかレオグルも入っている。いつも喧嘩ばかりしていた筈なのに……って思うんだけど、レファールから言わせると意外性はなかったんだって。
理由を聞いてみると、ずっと迷う様子で答えがはっきりしない。弟が答えに迷う事は珍しいので、そんなに深刻なのかと思ったのだが――。
「なんていうか、兄さんらしいね」
「兄さんに内緒でやったのがいけなかったなって……」
寝込んだ理由は、レファールがレオグルの事を捕まえて「お義兄ちゃん」って呼んだから。兄さんはそれで、レオグルに弟を取られたんだとショックを受けて寝込んだって訳ね。
もう、2週間は経つのにまだ駄目なんだ……。
「兄さんのケアは任せていいから」
「そう言えば、何でレオグルの事をそう呼ぼうとしたの?」
いきなり狙ったみたいな感じに受け取ったが、彼はキョトンとして当たり前でしょとばかりに理由を教えてくれた。
「だって姉さん。レオグルと結婚するんだから、間違ってないと思うんだけど……違う?」
ウルウルした目で訴えるから、衝動で抱きしめてしまった。うぅ、泣かせたいんじゃないんだけど……。
「顔、赤いよ」
そう指摘されて、つい鏡で確認してしまった。ほんのりだかど、確かに赤く染まっている頬。レ、レオグルと家族になるって思ったら……そ、想像しちゃったんだ。
「ねっ、僕は別に間違ってないでしょ?」
「う、うん……。そうだね、間違ってない」
「じゃあ、レオグルの事。これからお義兄ちゃんって呼んでもいいよね?」
「そ、そうね……。近い将来、そうなるんだし早すぎってことはないし」
「やった♪ ありがとう、大好きな姉さん」
ありがとうと言って抱きしめ返すから、私も抱きしめ返す。なんだか、上手く誘導されたような気もするけど……。別に間違ってないからいいよね。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「何でそう言ってしまうんですか……」
「ごめん、なさい」
王都の中央部分、大きな噴水にはバーティス国の象徴とも言える薔薇。その石像を目印に集まりレオグルに屋敷を出るまでの事を話した。もちろん、レファールが嬉しそうにしていたのも話すと、途端に遠い目をした。
しかも「うわ、また追いかけられる」とか「無理矢理、言わせる気だ……」となんだかブツブツと言っている。でも、すぐに切り換えて私とのデートに集中する。
なんだか機嫌を悪くしたかと思い、もう1度謝るとフワリと頭を優しく撫でられる。
「平気ですよ。俺が貴方に対して怒る様なことはないんですし」
「……別に、悪い所があれば怒って良いのに」
拗ねている自覚はあった。でも、怒る必要はないみたいに言われると彼女としてはちょっとショックだ。何でも言い合える関係でいたいのに、レオグルはそうではないのかと思ってしまう。
すると、私の表情でそれを察したのか耳打ちしてきた。
「機嫌を直して下さい、エーデル。いつも見せてくれる明るい笑顔を、俺に見せて下さい」
「っ……!!!」
思わず耳を塞ぎ、サッと離れる。
ふ、不意打ちすぎてて辛いっ……。時たまこういう意地悪を仕掛けて来るようになったんだ。いつもは「お嬢様」で通すのに、2人きりの時やこんな感じでコソッと名前を呼んでくる。嬉しいんだけど、こう不意打ちだと胸がバクバクってうるさいんだよね。
酷いとその日、眠れなくて……レファールに膝枕をお願いしているんだ。
それを運悪くレオグルに見られて「それは俺の役目ですから」と、何でか言い合いが始まるんだけどね。
「と、とにかく行こう!! こ、混んでるしはぐれると帰れなくてなるし」
足早に行こうとするのを止められ、手を握られる。これでなら離れないからと言い、優し気に微笑むのを見て更に心臓の音がうるさく聞こえる。
顔が赤い……。どうにか落ち着かせようと、チラッとお店に映るレオグルを見る。見慣れている執事服じゃなくて、青い上下の服。レファールが頑張って推したそうで、生地も父様が愛用しているお店のものと変わらない。
レファール、ありがとう。何倍にもカッコよく見えるよ。元々カッコいいんだけど、今日はもうダメだね。イケメン度が倍増だよ!!!
「あの、どうしましたか?」
「な、なんでもない!!!」
しまった。自分だけ盛り上がり過ぎてて、レオグルが呼んでいるのに分からなかった。
そこで慌てて自分の姿を見る。今朝、仕上げてくれた髪はいつもより香料は抑えてる。母様も満足気に微笑んでくれたからおかしくない、はず。
屋敷にいる訳じゃないから、ドレスじゃなくて水色のワンピースに水玉模様のデザイン。レオグルから貰ったプレゼントを身につけてるし、カバンも誕生日にくれたもの。それに……彼はちゃんと私があげたイヤリングを付けてくれている。
(嬉しいよぉ~~!!!)
その後も、終始嬉しそうにする私にレオグルもなんだか嬉しそうだ。
こうして2人で王都をゆっくりするのもいい。お嬢様と執事ってだけじゃない。ちゃんと恋人同士って言うのが重要なんだ。
レオグルの腕に巻きついて甘える。最初は困っていたのに、次第に慣れて来たのか「甘えん坊ですね」って言うんだよ。
彼氏に甘えてなにが悪いっ。レファールもどんどん甘えて困らせろって言われてる。最初は戸惑ったけど、嬉しい事が続くと羽目を外すんだなと思う。
「そう言えば……」
「ん?」
「たまに思うのですが、エーデルは何故青系統のドレスをよく着るんです?」
「あぁ、それは――」
レオグルの質問に今度は私が耳打ちする。
私はレオグルの事を好きだからこそ、瞳の色を意識する。青い瞳はレオグルのものだからだと、告げるとしばらく黙り「少し、待って下さい」と落ち着こうとしている。
「……」
「あの、レオグル?」
何か間違っただろうか。王都は既に夜で、星の光が幻想的で私は嬉しい。
そう思っていたら、ガバッとレオグルが強く抱きしめて来た。突然の事だったので、思わず悲鳴をあげてしまい「ど、どうしたの」と上ずった声で聞いてしまう。
「すみません……。その、嬉しくてどう表現して良いのか分からなくなって」
「へっ」
「あ、あんまり見ないで下さい。恥ずかしいので」
どんな表情なのかと見ようとしたら、レオグルの手が私の目をふさいでしまう。
見ないでと言ったら、見たくなる気持ちが出てくるのは仕方のないこと。その後、どうにか見ようとしても体格差から叶わずにそのまま抱き込まれる。
「……今でも信じられません。俺が、お嬢様の相手で良いのかって」
「良いもなにも、私はレオグルしか見てないってば」
「だからです。お嬢様が常にそう言うから……勘違いしてしまう」
勘違いもなにも、好きだと言ってくれたのになぁと思いつつそこである行動を起こす。目を瞑るから手を離して欲しいと言えば、渋々と言った感じで離れてくれた。隙ありとばかりに、私からレオグルにキスを送る。
人目がある場所でするとは思わなかったのだろう。息を飲んだ音が聞こえ、目を開けてなくても驚いているのが分かる。
「ふふっ、外だとしないと思った? 時には大胆になるのも必要でしょ」
「いえ、場所は考えて欲しいです」
そう切り返され思わず「うっ」と私がショックを受ける事に。でも、すぐに吹っ切れたように表情を和らげしみじみと言われた。
「最近ではアレス様ともよく話すようになって、ラーバル様とレファール様が勝手に【お義兄ちゃん同盟】なるものを作ってるんです。俺達2人にそう呼びたいんだと訴えかけられて、毎日困ってます。お陰で逃げ回るのに苦労しているんですが」
「え。だとしたら……」
「姉の許可が出たのでこれまで以上に、活発になりそうで怖いです」
遠い目をした理由が分かった瞬間だ。ラーバル様、兄さんの事をそう呼ぼうとするなんて命知らずな。でも、いつかは呼びそうな気もするから不思議な感覚だ。レオグルの手を握り、彼にもう1度自分の気持ちを伝える。
「やっぱり私はレオグルなしだと無理。だから離しちゃダメだよ?」
「えぇ、俺も絶対に離しませんから覚悟して下さい」
そう言って、私達は人目を気にしないようにお互いを確かめ合う。
海の様に綺麗な瞳の、専属執事。自分で良いのかって悩んでいたけど、これからもこうしてデートの回数を増やしていきたい。
どうにか攻めていった結果。私は改めてレオグルなしだとダメなんだと実感した。
星空が祝福してくれるみたいに流れ星が起きる。それを私達は、いつまでも眺めていた。
手はしっかり握り、ギュッと固く結ぶ。この手は離さないと、互いに意識するように――。
これにて完結です。
番外編を合わせて全17話。ここまでお読みいただきありがとうございました!!!




