【番外編】初めての恋
王女のレナリ様視点。
今日も城にエーデルを呼び、いろんな話をした。まさか、自分の体験を人に話す機会があるとは思わなかった。彼女の言う『私も行った気になります』というのがよく響いている。バーティス国の夜はいつもと変わらず、ゆっくりと時が流れている。
月夜も、空に映る星も変わらない。
それを見ていると、自分だけが取り残されたという感覚になる。今はもう違うのだと分かるが、幼い私はそう思えなかった。
友達のエーデルが誘拐されたと聞き、あの時は自分の力を抑える事すら出来なかった。お兄様に言われていたのに……。
『力をコントロールしようとするな。そうなれば、完全に自分と言うものを失うぞ』
まだ8歳の私に、お兄様は手を握り引き戻したのだ。始祖の力は、自分にも相手にも強い影響を生んでしまう。
彼等の記憶は、今の私の中にあり存在を主張する。目を閉じると聞こえて来る。誘うような声、堕ちろと言い続けられる。
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お兄様が自分で見付けて、護衛として右腕としても良いのだと。それだけでなく、一緒に居て楽しいからと私に紹介したのだ。アトワイル家の長男であるアレス・アトワイル。
バーティス国が出来た頃から、国と言うものを作り出した始祖。私達は太陽の下にでも死ぬ影響はない。その特性を欲し、自分の物にしようとしてきた同じ種族達を葬ったこともある。だが、いつしかそれらにも疲れ安全に、自分達だけの国を作ろうと行動を起こした。
特別である自分達を王として、吸血鬼達を支配しようとしたのだ。
でも、その中でも例外はあった。始祖ではないのに太陽の下に出ても死なない吸血鬼。特殊な血が集まりやすいのか、魔法とは違ったものも身に着けている。
その1つがアトワイル家。
魔法とは違うものを身に宿したからか、生まれて来る子供達は全てが男だと記憶している。
『えっ!? おまっ……い、妹がいたのかよ』
『いたよー。君も自分の妹ばかり自慢してくるんだ。私だって自慢したいと思うのは普通だろ?』
お兄様はそつなくこなす。始祖としての力も順応し、私のように暴走する事がない。当時12歳の私は、かなり気が滅入っていた。そんな時にお兄様は、少しでも元気になって欲しいのだと思って彼を連れて来た。どうやら、彼にも妹がいるのだとか。
2人のやり取りは、初めて会ったという割にはかなり砕けていた。親友同士だと言われても違和感がないし……。
『あ、悪い……。つい、話し込んで』
アレス様はバツ悪そうにし、私にも謝っていた。会話に参加しないのを不思議に思っていたらしいが、2人を眺めているだけでも楽しい。会話を聞いていて、そんな事を思うのは何年ぶりか。
お兄様の執務室に来てよかった。そう思うのが久しぶり過ぎて、私にもちゃんと自分と言うものがあるんだと思えた瞬間だ。
微笑んでいた私に、アレス様は『なんだ、笑えるんじゃないか!! 結構、可愛いぞ』と言ってくれた。正直、不意打ち過ぎて反応が出来なかった。そんな私にお兄様も同じように微笑み、アレス様とどっちの妹が可愛いかと自慢話が続いた。
『とにかく、俺の妹は可愛いだけじゃねぇよ。母さんと父さんの特徴を持ってるからな。容姿は完璧、魔法だって炎と呪い特化っていう珍しい部類だ!!!……弟の方が色々と凄すぎだが、2人共自慢だ』
『それなら私だって負けてないよ。始祖って部分は省くけど』
『バカ外すなよ!! それもお前達の特徴だろうが。使えるもん使って何が悪い』
そう言われて、私はついアレス様を見つめた。
お兄様は始祖と言うことで、従えて来た吸血鬼達に申し訳ないと思っていた。勝手な支配を強いられていると思っていたが、それを笑い飛ばしたのは他の誰でもないアレス様だ。
『嫌なら最初から組まないって。それでも、自分達にとっての安全は自然に俺達にとっての安全地帯だろうが。最初に思ったが、ラーバルはグダグダ考えすぎだ。俺の事も利用するなら別に良いが、妹達に手は出すなよ? 相手がお前でもぶち殺す』
『会ってもいない妹さん達に、私がどう手を出すのさ……』
『良いから!! エーデルの奴は自分でも気付かないで、誰かさんを魅了してるんだ。お前にまで当てられるとムカつく。絶対に会わしてたまるかっ!!!』
その後も、本人の前で自慢を続けていく2人をみて似た者同士だから、こんなにも仲が良いんだと理解した。長居して悪かったなと言って、仕事に戻るアレス様は私にも挨拶をして頭を軽く撫でた。
『結局、会話に参加しなかっただろ? 次はちゃんと言えよ。無視はしないからな』
『……わ、かり、ました』
どうにか答えられた、だろうか。ちょっとだけ恥ずかしい気持ちだ。
知らない感情が自分の中に、渦巻いている。ついクッションを抱き込んで、次も来てくれるかと聞いてしまった。
キョトンとした後で、アレス様はここで働いているから平気だと。話し相手になりたいなら、いつでも言って来いと……そういって出ていった。な、なんだろう……ポカポカと温かい気持ちになる。
いつも見る悪夢がある。
ずっと私に堕ちろと囁く声は、自分自身だ。まだ、国として成り立つ前ならハンターの総攻撃によって命を絶たれることもある。私は……死んでいった始祖の記憶が流れて来る。
自分では体験していないのに、まるで体験したような気分の悪いもの。
『殺せ!! 始祖を逃がすな!!!』
『お前の所為で、何人の人間達が惨い死を迎えたか……!!』
私じゃない、のに……!!!
これは死んだ始祖の記憶の中。何度も殺されても、時が戻ったように同じ場面の繰り返し。
今日も同じ、だ。お兄様が私に気を使って、アレス様と話していたのに……。せっかく楽しい気持ちを思い出せたのに……!!!
『話し相手になりたいなら、呼べよ。俺で良いなら付き合うぜ?』
時が止まった……。アレス様の声が、自分の中にスッと入ってくる。最初に感じた温かい気持ちが、内側から広がっていくのが自分でも分かる。
「もう出ていって。私は、私はレナリ・バーティス!!! お兄様の妹で、国を支える王族なんだ」
夢の中で何を言ってるんだと思った。でも、言わずにはいられない。言わないと私は進めないのだと理解している。
その変化はすぐに起きた。目の前で私を刺そうとした人達は、光の粒子となって消えていく。今まで嫌いだったものが、中から出ていくのが見える。堕ちろと囁く声も……もう聞こえない。
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「お兄様に何か用なの?」
あれ以来、夢でうなされる事はなくなった。お兄様に伝えたら、自分の事の様に嬉しさを爆発させていた。きっかけはと言われるも、必ず無言になる私に……何故だか分かった様な顔をされた。
何も言ってないのに、全てを見抜かれているようで気分が悪い。
外交での仕事も手伝うようになった時だった。金髪に紅い瞳の少年の姿が見え、ある人物との特徴と似ている。そう思い、私から話しかけたら……悔しげに見てくる。
城の中だけど、気配は魔法で上手く隠せているし、実際に私や兄様でないと気付かないほどに完璧だ。私が始祖だと言えば彼の諦めは早くガックリした様子。今では、始祖という言葉も自分の中では嫌いな部類だったが……アレス様のお陰で好きになった。
「あれ、レファールじゃねぇか!!」
「げっ……」
見付かったと驚き、逃げようとしたらアレス様に捕まる。「俺に会えなくて寂しかったのか!!!」と、感動のあまり弟に抱き着いている。
「ちょっ、兄さん……!!」
「会えなくて寂しかったぞ。ったく、アイツはすぐに仕事を振りたがる……」
悪態をつくアレス様に私は笑う。すぐに弟のレファールだと聞き、自分の中で情報が正しかったと安心した。一方の彼は何で私に紹介するんだと言わんばかりの態度で、軽く睨んでいたがアレス様からペシッと叩かれる。
「良かったらレナリ様の話し相手になれよ。俺も話すんだが、ここんところ仕事が多くてな……アイツ、絶対に泣かす」
「僕なんか相手になるの?」
「よろしく、子犬君」
「む……」
私の前では普通だが、アレス様に対しては笑顔が溢れている。だから、勝手にそうつければ彼はむすっとした。少し可愛いと思っている。その後も自然と城に入り、気付いたら目の前にいるのだから本当に不思議だ。兄に言われた事を守る辺り、彼の中で偉大な存在だと分かる。
お菓子が好きなのだろう。
他国のお土産ですよって、言ったらすぐに食いついた。目を輝かせて食べている様は、まさに子犬と言った感じ。
「姉さんは、父様の用意した婚約者を断ったんだ。ま、理由は知っているから良いしアイツ気に入らないし」
自分の事も話すようになり、私も自分の事を話すようになっていった。今思うと、彼はこの時からアーカイル家に対して睨みを効かせていたのかも知れない。
そんな彼にお願いしてみる。耳打ちをすれば、うーんと唸って「まぁ、できなくもないか」と言い依頼を引き受けてくれた。報酬はお菓子と言えばすぐにやる気を出してくれた。
(……伝えないと。やれることを、まずやってからだし)
未だにドキドキと胸が高まる。弟の力を借りるとは卑怯だと思いつつも、私の中で気になる存在になっていく。
アレス・アトワイル。
弟の姉であるエーデルと友達になりながら、相談を受けるようになって私も影響されるんだ。好きな気持ちを……伝えたいと。




