12、始祖の力
「んん……」
意識が浮上する。頭がボーっとして自分の状況がよく分からない。
(レオグル……そう、だ)
レナリ様とのお茶会の後で、吸血鬼に特化された魔物が放たれている事を聞いたんだ。
自然に現れたものではなく、誰かが作り出したもの。その正体が分からずにいた不気味さと、太陽の元に出ても大丈夫な事から私に忠告をしてくれたのに。
彼女からお守りを貰った事で舞い上がっていたのもある。その帰りに気まずい中でレオグルと居て、このままだといけないと揺れる馬車の中で立ち上がった。
彼が私を庇って深く傷付いた。無我夢中で治癒をしただけでなく、私自身の血も彼に授けた。体の内側からなら、呪いの耐性にも役立つだろうと思った。
レオグルは……無事、だよね。
(まともに動けない、か)
思考が鈍るのも仕方ない。
私は両手両足に枷が付けられていた。黒い水晶が埋め込まれたこれには見覚えがあった。兄さんが気を付けるように言われた資料に書かれていたもの。
違法な魔力封じ。
黒水晶が付けられた者の魔力を奪い、動きを封じるもの。まだ魔力はあるけど、これの所為で魔法は使えない。
「目が覚めましたね、エーデル」
「……どういうつもりなの。ディラス」
私は一室にいた。
手枷は付けられているが、鎖はなく動こうと思えば動ける筈だ。でも、頭が重いからすぐには出来ないしまた戻されるのは分かる。どことなく、部屋の雰囲気が自室と似ている。1度だけ、彼を入れた記憶はあるけど……まさか、その1度だけで覚えたの?
薄い緑色の髪は軽く1つに結ばれた青年。彼はディラス・アーカイル。
灰色のジャケットに、黒のズボンを着ており漂う雰囲気から言い表せない不気味さを感じる。
アーカイル家もアトワイル家と同じく、ハーディス国に忠誠を誓いその考え方に賛同した。だけど、彼の家は私達アトワイル家と違い普通の吸血鬼。同じ公爵家としての爵位を持ちながら、決定的な違いがここで生まれた。
彼は……父様が私にと勧めて来た人。つまりは元婚約者。けど、レオグルの事がある前から父様が断りを入れた筈。何故、こんな事を……。
「どういうつもりだなんて、酷いよ。私達は婚約者だというのに」
「随分前に断ったわ。そうでなくても――」
文句を言おうとして、息を飲んだ。私の真横にはレオグルを襲ったあの黒い狼がいた。
気配が分からなかった……。驚きで目を見開く私に、彼は酷く歪んだ笑顔を見せており気持ち悪さを覚える。
「あ、貴方……まさか、今までの事も全部……?」
自分の声が震えている事に気付く。息を飲む私に彼は言った。
一目会った時から私に好意を抱いてたのだと。でも、私はレオグル以外には興味もなかったし、父様に言われて仕方なくだった。だからいけなかったのだ。レオグルと彼とで、態度を変えている事に感付かれた。
私は同じように接していたけれど、彼から見ると全然違ったようだと聞く。レファールにも言われていた。レオグルを相手にしている時の私は凄く生き生きしているって。
「気品は変わらず、年齢を重ねる程に美しいのに……その目は決して私を見てはいない。いつだって、あの執事だ」
「だから……最初から、狙いを定めて」
妙だと思っていた。
襲撃したという割には、馬車が壊されただけで馬を操っていた使用人は無事だった。だけど、レオグルには手加減がなかった。その時点で、彼は殺す気で襲ったのが分かる。
睨む私に彼は言った。今から婚約者としてやり直すと言えば、レオグルには手を出さないしアトワイル家にとはこれまで以上に良好でいたいと。
「っ、最低……。無理矢理に従わせるだなんて。兄さんと弟は絶対に感づく……上手くいくことなんて、ない。私は――貴方を好きにならない。私が好きなのは、レオグルだけなの!!!」
「お嬢様!!!」
体は差し出したとしても心は絶対に渡さない。
そんな思いで気持ちを吐き出した時、彼の――レオグルの声がすぐ傍から聞こえた。
「気分がとても悪いわ」
私の真上に姿を現したのは、レナリ様とレオグルだ。
何で2人がと思っている内、控えていた狼はレナリ様が手を上げた時には影に取り押さえられている。いつも優しかった彼女の表情はとても暗く冷たい。
彼女の瞳が灰色から紅い瞳へと変わっている。
「子犬君が嫌がるのも分かる。……見ていて不愉快だし、なによりエーデルに貴方なんか似合わない」
言葉と共に配置されていた狼が消滅していく。同時に、パキンと亀裂が入り枷が簡単に外れた。驚く私とディラスに、レナリ様は当然の様に言った。
「違法な物の流通を見逃す訳ないわ。そうでなくても、友達に手を出した貴方に……加減をすると思ったの?」
冷めた言葉と共に、見えない力がディラスを襲う。
風に吹き飛ばされたような強さで、壁をぶち抜いていく。目を瞑っている間、凄い音がしたがレナリ様がもういいと言った。
「……」
目をゆっくりと開けると、部屋という原型は残らず上の階と思われる建物には大きな爪痕が残っていた。




