10、襲撃
あの日を境にレオグルの様子が一変した。
普段しないミスを連発し、壁によくぶつかる姿を見る。成功している、と受け取りたいが大丈夫かと聞いてしまう。
でも、それ以上にいつも傍にいるのに凄くよそよそしい。確かに嫉妬させる為だとはいえ……効果が表れるのが早すぎる。
「心ここにあらず、ね」
「すみ、ません……」
今日もレナリ様とお茶会。
いや、レオグルの気持ちを探ろうと言ったのは私だしレファールは快く引き受けた。レナリ様も、もっと仲が深まるならと案を色々と出してくれた。だけど……こんなにも苦しいなんて。
「……」
「今日、戻ったら正直にいいなさい。エーデルのそんな顔、見たくないし」
「!!」
カチャリとカップをソーサーに置き、じっと見つめられる。その前に、自分の頬に流れた正体に気付いて顔を伏せる。「恋って難しいね」と抱き寄せるレナリ様に思わず体を預けた。
泣いてるんだ、私っ……。
みっともない姿を見せているのに、彼女は優しく背中をさすってくれる。
その中で、彼女は話し始めた。外交の仕事も多く他国へと赴くことが多く、色んな人達を見ているから刺激を受けるのだと。
「私達は始祖。同じ吸血鬼と言う種族の中で、特異な力を持った存在。……同じ吸血鬼同士で、争いが起きているのもダメね。早く相手を見付けないと」
「……あの、レナリ様もどなたか思いを寄せている人が?」
「……」
泣き止んだ私は、レナリ様を見るとフイっと顔を逸らした。そのままじっとする姿を見て恋をしているんだとすぐに分かった。
自信たっぷりに応えてくれるのに、こんな反応を見せられて……私は嬉しいと思った。
「な、内緒ですよ?」
「はい!!」
あぁ、ダメだ。つい、可愛い反応だと思ってしまう。撫でたい衝動をどうにか抑える。悶えている私を他所に、コホンとレナリ様は普段通りになる。
すっと真面目な顔をしたので、私はキリッと姿勢を正す。
「最近、強化された魔物がこの国にも来ているそうなんです。狩ってはいますが、日が経つにつれて数は多くなっています。誰かが招き入れたとしか思えません」
「強化された、魔物……。それは、吸血鬼特化の?」
兄さんが屋敷に帰ってくることが多くなった。不思議に思って聞くと王都で起きている不気味な事件の所為だという。
誰がこんな事をしたのか、調査する為にラーバル様が自ら指揮を行っている。
『エーデル。昼でも出るなよ? お前に何かあったら俺は、生きていく自信がない。出かけるなら絶対にレファールか、レオグルの奴を使え。戦闘バカ2人なら安心だ』
『兄さん、それ酷い……』
『バーカ、褒めてるんだよ。お前は自慢の弟なんだし♪』
そう言って会えなかった分も含めて、レファールの事を撫でまわした。ついで私も巻き添えを喰らったのだけど……。屋敷を出る前にそんな事をするのだから、髪がまた乱れてしまった。
「お兄様も全力で調べていますが、調査は難航しているんですって。まぁ、とある子犬君は多少は掴んでいる様子だけど」
「犬でも飼っているんですか?」
そう聞くとレナリ様は、嬉しそうに笑い「最近、飼い始めたんです」と答えた。人の言葉を話す……子犬?
(かわいいかも……)
「冗談はこれくらいにして。エーデルも気を付けて? あ、そうそう」
レナリ様から私にとくれたのは赤い石が埋め込まれた腕輪だ。その石に魔力が灯っているのを感じ、思わず「これは……」と遠慮がちに聞く。
「プレゼントです。少しでも守れるようにと作りました。私も貴方も、太陽の元に出ても影響がないので狙われますしね」
「ありがとうございます。肌身離さず身につけます」
そう言って、彼女と別れて馬車で帰る。早めに帰り、屋敷で安全を確保して欲しいとの事だ。レオグルとあれからまともに、話せてなくて沈黙が重い。
「……」
いつも見る青い瞳は、今は陰りを見せている。いつも綺麗で好きな色を曇らせているのが……私なんだと実感してしまう。
屋敷までなんて待ってられない。我慢出来なくて立ち上がる。ちゃんと話すと決めたから。
「レオグルに話が、あるの……!!!」
「お嬢様!!!」
私が発する前に、レオグルが抱き寄せて外へと飛び出す。戸惑っていると、その馬車は黒い影に飲み込まれていくのが見えた。沼の様に広がったそれから黒い狼が次々と湧き出てくる。
その光景に呆然とした感じで見ていると、彼に強く押された。
体を強く打ち付け意識を飛ばす事はなかったが、見えた光景に思わず叫んだ。
「レオグル!!!」
その狼はレオグルに集中していた。すぐに彼を守る様に炎を作り出す。触れた所から次々と燃え出すが、沼が背後に迫っていたのを私は気付かない。
「ダ、ダメ、死んじゃダメ!! ごめん、レオグル。言いたい事、謝りたいことがあるの……!! だからお願い。私の為に生きて。負けないで……!!!」
「っ……う……」
噛まれた所が、黒痣になって広がっている。
これが呪いに近いものだと理解した私は、彼の首筋に手を当てて魔力を送る。1度でも呪いを宿した事があると、その抵抗力は弱くなる。
2度、3度と繰り返し呪いを受ければ理性を失って魔物になってしまう。
だから、レオグルには魔力を封じる役目として首輪をそのままにしていた。
それを知らされたのは、私がレオグルに服従の魔法をした後の事。父様に言われていた。呪いに慣れていくと魔物になるから、しっかりと手綱を握るのだと。
「レオグル……。お願い、生きて。離れないで……」
私は咄嗟に舌を噛んだ。レオグルの口に直接、自分の血を流し込む。呪いを消す効果はあっても、抵抗力が上がるかは分からない。
服従の魔法は、私の魔力を受け取っている。だから、私の血を流せば内側から広がればもしかしたら……。
「う……お、嬢様……?」
「レオグル……。良かった」
魔力が私の血に反応し、少しでも呪いを止める役割を担ってくれる。
それに、私は呪いの効果を半減させる特異な魔力を持っている。闇の治癒魔法でも、かなり特殊な力だと自分で分かっている。
広がっていた痣も少しずつだけど治まっているのが分かる。変な狼はもう居ないし、戻ったらレオグルに全部言おう。
そう安心しきっていた私は気配も感じないまま、ドプリと沼に吸い込まれていった。




