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勇者side《誰のための復讐か》

しんとした静かな空間。時折音がなるのは布がこすれる時ぐらい。

そんな場所にいるのは里奈たち三人。現在三人は牢に入れられていた。


あのあとすぐに裁判にかけられ、極刑は免れたものの、討伐まで牢に閉じ込められるという罰を受けた。

いや、これだけと喜ぶべきかもしれないと里奈は思い返した。


隼人は火鍋の中に入れるべきだ、水の中に放り込めだといろいろ言った。何故そんなことが考え付くのだと恐れ、知った。知ってしまった。


隼人の本性を。


ぽんぽんと拷問の方法を言いなんとか自分の意見を押し通そうとする。現代人では絶対にありえないものだ。

そして人を殺すことに躊躇いがない。あの時も本気で戦う相手を殺そうとしていた。あんなに焦がれていた恋心はあっという間に消え失せた。


里奈が虚ろな目で天井を見上げる。いくら見渡しても視界に移るのは岩ばかり。そんな正気が失われそうな中で理性を保っていられるのが檻という異物があるというのは何とも皮肉なことだ。こんな場所にいるから今にも発狂をしそうなのに。


光は酸素を取り入れるために開けられた穴から差し込む月の光。そして日光。

朝はましだが夜は暗闇同然。心が鬱になるのも仕方のないことだった。


これは由紀子たちも同じ。理性を手放してこの苦しみから逃れたいと思っても。勇者のスペックが意識をつなぐ。


(ここに入れられて何日たったんだろう…)


時間感覚はない。寝て起きても見るものは変わらない。何度発狂しかけたか。

一日に一度の食事を持ってくる看守は何も言わない。今何時と聞いてもスルー。まるで里奈たちは空気だというように。

隣では由紀子たちが苦悶の表情を浮かべながら寝ている。きっと悪夢を見ているに違いない。


精神も肉体も休まらないが、寝ていなきゃやり過ごせない。

さっき起きたばかりだが現実を見る方が辛いので、もう一度横になろうとする。


(…咲を殺そうとしたのが間違いだったのかな)


ふとどうでもいいことを考えてしまう。今更思っても何もないというのに。ただ虚しくなるだけなのに。


(いいや。寝よう)


そうすれば少しの間でもすべてを忘れれるから。

そして目を閉じようとしてーー


カツン


決して聞こえるはずのない靴音に目を見開かせた。


(誰…!?)


看守ではない。何故なら決まった時間にしか来ないから。夜に来るなど、あり得ない。


では誰なのか。


(はっ…はっ…)


一気に動悸の早くなった心臓を抑えるように、胸のあたりを握りしめる。

目を凝らして闇から現れる影を待つ。


やがて姿を現したのは…


「…………たか、だ?」


隼人だった。


里奈の声に特に反応せず、だんだんと近寄ってくる。それがなんとも恐ろしいものか。

あの日の事がよみがえる。冷たい目で見られて、その瞬間に死神の鎌が当てられたような感覚。背中にひやりとしたものが浮き出た。


隼人は引き攣った表情の里奈を一瞥すると、何故かにっこり笑った。

目は笑わず。


「あ…」


「久しぶりだね。ところで反省した?咲を殺そうとしたこと」


何故来たのかは分からない。だがここで頷かなければすぐに殺されるというのは分かった。あの時学んだから。


ぶんぶんと首を縦に振る里奈に、隼人は目を細めた。

再び沈黙が落ちる。


何かを考えていた隼人だが、また牢へ一歩近づいた。


「…やっぱ許せそうにもないな」


「え?」


一段と低くなった声。思わず聞き返す里奈だったが、すぐに後悔した。


「少しは時間をおいたら怒りもおさまるかなと思ったけど違ったようだね。やっぱこの手で殺さないと僕の気は晴れないや」


青い顔からさらに血の気が引かれていく。

もう何も語ることは無いとばかりに、勇者の象徴『聖剣』が抜かれる。本来なら神々しいとばかりに輝いている聖剣も、こんなに暗いのに一筋の輝きを見せない。

そして、聖剣の姿が今まさに変わろうとしていた。


隼人の握った白い柄が、まるで闇が侵食していくように変色していった。心なしか黒ずんでいた金、白金は闇よりもなお暗い、光を反射することのない深淵へと完全に沈んだ『魔剣』へと。


一瞬目を見張り戸惑う様子を見せた隼人だったが、だんだんと笑顔になっていった。


「そうか。僕に合わせて変化したのかな?もしかして君もこいつらを許せなかったとか?」


それはただの気まぐれだった。話しかけたのではなく、日本人特有のものには魂が宿るという精神が出たのかもしれない。

だが、魔剣は反応をした。視界から消え去るように暗くなり、また元の認識ギリギリの明るさに戻った。それはあたかも肯定の様。


だがそれは隼人の思っているものとは違うだろう。この魔剣は聖剣であり、ツバキのことなど知らないのだから。


少し考えればわかることも、盲目的になっている隼人には分からない。だから現実を鵜呑みにし、魔剣も自分の見方をしていると愉快な気分になる。


「そうだよね。許せないよね。じゃあ一緒にごみの処理をしよう。僕らの望む世界を作るために」


魔剣をなぞりながら呟いていた隼人だったが、やがて牢屋越しに魔剣を里奈へと突き付けた。


「さあ、制裁を始めようか。まずは福田里奈…と行きたいけど、メインディッシュは最後にとっておく派だからね、僕は」


さあ行こうか


ビュンッと風が切る。里奈の目には光が横に走っただけだったのだが、刹那里奈たちを封じ込めていた牢が二つに割れた。


「嘘…この檻は魔法を通すことが出来ないはずじゃ!」


「そういえばそうだったね。だけど…僕に耐えられる物質がこの世にあるのかな?この世に真の勇者の攻撃を受けて無事なものがあると思う?」


ないだろう。この世で一番に設定されるのだから。

魔王が壊せるのなら隼人にだって壊せる。魔王が殺せるものは隼人も殺せる。そんな世界だ。


二人の間を妨げるものは何もない。

そしてーー


首が飛んだ。


由紀子と愛花の苦しげな表情が宙を舞う。体が付いていない状態で。


「ひっ…!」


里奈が嘔吐感を抑えるように口元を押さえる。

距離はあったはずだとか、一振りで飛ばせるなんて化け物だとか。疑問は彼方へ飛ぶ。

対して隼人は残念そうな顔だ。首を拾い上げると、遠くに投げた。グシャッという生々しい音が響く。


「…あっさり終わるというのもつまらないものだね。やっぱ起こせばよかったかな?まあいいや。お前は…楽に死なせない。せいぜいいい声で鳴け」


「ぁ…ぁ……」


「まずは二本」


二つの腕が隼人の手の中にあった。まだ動いているそれは、自覚のしていない死者の様。

自然と視線が自身の腕に向く。そこにはすっぱり切れた、最初から存在していないかのように肩までの体が合った。

自分のなんて認められない。これは違う。他の人の体。だけどこれは自分の。だから熱い感覚があって…

直後、血しぶきがあたりを濡らした。今なのは体さえも受け入れていなかったのからか。


「あああああああああああああああああ!!」


遅れてやってくる痛みにのたうち回る。傷口からは絶え間なく血が滝のようにあふれ出す。

地獄は終わらない


「次は…二十」


里奈の意識が飛んだ。

だがまたすぐに現実に向き直る。すべての指を切り離された現実へと。


「ああああああああああ!!い゛だいいいいいいいいいいい!!ああああああああああ!」


激痛のあまり、身体を動かすことが出来ない。ブリッジの様に反り、沈む。痙攣を繰り返し、穴という穴から水が溢れる。

隼人の口から笑い声が漏れ出した。


「はははは!そうだ、その声だ!俺の望んだ声!痛みにむせび泣くその表情と発狂を求めてた!」


心底愉快。

ひとしきり笑った隼人は満足したのか、剣を持ち直した。


「せめてもの慈悲だ。あと一回で終わらそう」


里奈の返事を待たず、隼人は振り切った。

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