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運命

咲が飛ばされたのは、ジェームスプレース国の先端の森だった。

この森を抜けたらすぐに魔国なので、危険として確か国が立ち入り禁止にしてある。

その中でただ一人横たわった咲は、この苦しみを耐えていた。


「ぅ……あ……はぁはぁ」


咲の意識は既に消えかけているが、本能的に助けを求めていた。

誰も居ないはずだと冷静な自分が笑う。誰か通って助けてくれる、1パーセントも満たない望みをかけて、咲は誰かが助けてくれるのをひたすら待った。



……………………………………


………………………


……………



数分が経った。それは咲にとって何時間とも思えるぐらい長い時間だった。

既に咲の時間感覚は狂っている。


当たり前だろう。激痛を耐えれているのも、咲の耐性が普通より10倍だからだ。


「す……てー…た…す……。」


せめて自分の身を蝕んでいる異物を調べようとステータスを開く。


===============================

名前: 本城咲 レベル.12

性別:女

年齢:17歳

職業:双剣使い・魔導師

HP.25/500

MP.8000/8000

状態異常,毒

筋力:400

体力:600

耐性:100

敏捷:10300

魔力:10000

スキル:エアーカッター・ファイア・ウォーター・ハルス・殺気・威圧

死祭り・パワーソウル・アジリティソウル・ヒール・ハイヒール・エリアヒール

ダブルアタック・ダブルカッター・スキルオーバー・毒薔薇・毒薔薇園

言語理解・魔力回復速度上昇・体力回復速度上昇・限界突破

称号:勇者・異世界者

=================================


「ど…く……?」


状態異常の項目が追加され、毒の書いてあった。

咲が透明がかったステータスを、虚ろな目で見つめ、頭が理解すると、乾いた笑いを浮かべた。

里奈達が何処で毒を手に入れたのか、何故自分がが憎いのかどうでもよくなった。


咲は自分が壊れていくのが分かった。


1分間に5のダメージをくらっているようで、毒に防御は関係ないらしい。


死神が近づいてくる音を聞きながら咲は目を閉じる。


死んだら誰か悲しんでくれるか。

家族は悲しんでくれるだろうか。両親は全面的に信頼してくれ、大人と変わらない対応をとった。咲は信頼されていると思うと、嬉しかった。妹は心の底から慕ってくれていた。咲も妹が大好きで、毎日一緒に遊び、誰よりも会話をした。一番信頼していたのは妹だったのかもしれないと今更ながらに思ってしまう。

あちらの世界では咲達は行方不明だろうか。心配してくれて居るなら、自分の価値があると、最後に思える。


誰も悲しんでくれる人なんていないと、今までの人生は何だったのかと絶望が更に深くなる。


いや、隼人は悲しんでくれるだろうか。……分からない。1番の親友たちは自分を憎んでいたのだから。誰も信頼出来ない。まだ知らない人だったら信頼できるだろうか。


後2分。段々意識が遠くなる。こんな誰も知らないところでひっそりと死ぬのか。


今更ながらに泣きそうになって


そして一分を切った。


走馬灯だろうか。今までの思い出が脳裏を横切る。

里奈達と中学で初めて出会い、笑い、一緒に出掛けたりして。あの時は楽しかった。昔の自分ににこうなると言っても、多分信じないだろう

だが、咲が最後に思うのは一つだけだ。

それは切実な願い。聞いた者が悲しくなってしまうような、痛いぐらい心の底から思う事。




誰か………助けて欲しかった。




諦めたその時、咲が願ったことは叶う事となる。

そして壊れかけた咲を修復するように。蒼の光が咲を優しく包む。


「アッシブドレインヒール」


意識を失う寸前咲は誰かの声を聞いた気がしたが、そこで意識は暗闇に包まれた。




―――――――――――――――――――――――――――



男は森の中を歩いていた。


この森を彷徨って何年も経っている男にとって、この森は庭みたいの物だった。

偶に人間や亜人族、魔族魔物が紛れ込むのでそれを駆除し、其れ等を食べて生きている。この森に入ってから、まともな食事などしたことがない。


その事実に不機嫌な表情をし、()()()()()獲物を探す。


実は、本人は分かっていないが、誰もが認める程の美形なのだ。少し俺様な雰囲気があるが、それが男と相まって魅力を引き立てている。


この世界では珍しい茶髪だが……女性で惚れないものは居ないだろう。


「腹が減ったなー」


軽い口調で死活問題を口にする。


先述した通り紛れ込んできた生物を食べているので、来なければ食料はない。

ここ数日何も見つけられていないので食事が出来ず、胃が悲鳴をあげているのだ。


と、丁度魔物を見つけ、一瞬で魔法を投げる。


ヒュンッといい音がする。

上級魔法の『真風刀(エアーリル)』だ。


二つに分断された魔物を拾うと、死んだことを分かっていない顔をしていた。きっと死後の世界で悲鳴を上げている事だろう。


しかし、そんなことは男には関係のない事。


不機嫌そうだった顔を一瞬で歓喜に染め、齧り付く。


「久しぶりの食事だ!相変わらず不味いが……。」


50センチ程あった肉を平らげ、次の獲物を探しに行く。

魔物の肉は先程の通り不味いので何か口直しが欲しいところである。


それは危険なレベル!とツッコむ人は存在しない。


男は魔人の肉を思い出した。追放され、この森に迷いはじめの頃に食べた物だ。意外と美味くて、お代わりが欲しくなったものだ。


この思考が既に狂っているのだが、男は気付いていながらも、どうする事もしなかった。ずっと一人で生きていくのだ。今更である。


そんなことはどうでもいいと、思考を切り替える。


逆に、人間は不味い。それは超ド級に不味い。


あれは地獄級だ、もう思い出しただけで吐き気がする、と男は顔を顰める。

しかも悲しい事に思い出してしまい、口を抑えた。


見えない何かと男が戦っていると、


「……あ?」


急に人間の気配を感じ取った。まるでダンジョン内のモンスターが湧くように突然と。


誰かが貢物でもくれたのかと冗談を考えながら空高く飛び上がり、気配を感じた方に眼を向けると、約二キロ先で奥で横たわっている人間を見つける。


「何をやっているんだ?」


先程人間の肉は地獄といったが、そもそも稀にしか来ないのだ。いる方がおかしいのだ。

この森に現れた人間は皆何かしらの理由を持っていた。

だから今回の人間もまた同じようかと思いきや、ちょっと事情が違うらしい。


突然現れたことといい、なにからなにまでおかしい。


少し思案したのち、男は呟く。


「……接触してみるか」


加速して、人間の方に向かう。近づくと、少女は倒れているというより、悶えているということがわかった。

降下し、地面の足をつける。

男に気づいていないのか、ブツブツと何かを呟いている。

気になるので、『聴覚強化』をする。


耳をすますと、男は聞かなければ良かったと後悔した。


「私が死んだら誰か心配してくれるだろうか。家族は心配してくれるかもしれない。隼人も心配してくれるかな。分からない。1番の親友たちに裏切られた今……」


男は裏切られたという言葉に分かりやすく反応した。


裏切られたなんて、外見年齢相応の少女がおおよそ経験することではない。


そして男はスキル『気配察知』を持っているので、この森の中であれば、何がいるのか分かることができるのだ。だから少女の矛盾に眉をひそめる。


裏切るような人物はここなどにいない。ならなぜ少女はこんなことを言っているのか。


答えの出ない思考を続けていると、ふと覆ったことを口にする。


「…似てるな」


そう、何年か前に同じようなことが自分の身に起こっていた。

自分もかつて、同じように親友に裏切られたな、と思い返そうとして――


理性がストップをかけた。


男は自分の考えに動揺するように身体が揺れる。


考えを押し殺そうとしても、何故か勝手に思考が進んでしまう。

共感からやがて救助へと。


「はぁ……」


助ける必要はないと理性は叫んでいるが、男は助けるべきか悩む。何かをこの少女から感じるのだ。

揺れる心だが、次の言葉で更に揺れる。

男が聞いていることも知らず、少女は口を開き言葉が零れ落ちる。


「後2分で人生が終わるのか……」


「………は?」


今なんと言ったか、一瞬言っている意味がわからなかったが、理解する前に行動する。


「『鑑定』……はぁ?何だこれ。」


はっきり言ってステータスは化け物だった。

人間と書かれているはずなのに大きく基準値を上回っている。人外でも敵わないだろう。

実力に自信があった男は少しショックを受けた。そして状態異常の項目に毒があるのを見つける。


「HPが残り10って……。まだ余裕じゃないか。何が後……さっきこの少女は何と言った?」


残り2分。そう言っていたはずだ。10÷2=5、簡単な式だ。


「今助けないとこの少女は死ぬのか!?」


毒によって違うが、基本的に継続ダメージだ。この少女も同じ毒だろう。

1分で基本的にダメージなので、残り1分で死ぬということは、1分5ダメージなのだろうか。

どれだけ強力な毒なのだろうか。5も受ける毒は見たことがない。


「後2分……」


絶句している間にも無情に次の言葉が発せられる。とても弱々しいが、男に届くには十分だった。


「誰か……助けて欲しかった……。」


少女も今が最後と分かっているのだろうか。助けを求めていた声を言う。

その声と同時に少女の涙が頬を伝う。


助けて欲しかった。助けて欲しかった。助けて……


男の心の中でその言葉がリピートする。

ステータスから目が離せないでいると、HPが減っていく。つまり……1分経ったと言う事だ。


この少女はあと少しで――――死ぬ。


その瞬間、何故か哀しみが溢れ出した男は解毒の呪文を紡いでいた。

目から一雫の何かが出ていたが、振り払う。


「『アッシブドレインヒール』」


蒼い光が少女を包み、やがて消えた。

少女は一瞬反応したように見えたが、やがて動かなくなった。

死んでしまったのかと、男が再び『鑑定』をする。


状態異常の項目には毒の表示はなくなり、HPが残り1の状態で生きていた。

ほっと安堵の息を漏らしながら、このままだと何かの拍子に死んでしまうのかもしれないなと気付き回復をかける。


再び光に包まれる少女は来た時より顔色がよくなったように見えた。

頬が緩んだのに気づき、がっくりと肩を落とす。


「はぁ……どうしようか。」


自分らしくない行動に呆れ、男は今日何度目か分からない溜息をついた。



***


頭に何か違和感が生まれ、咲は目が覚めた。

目を開けると、起きた場所は森だった。朝日が木々の間で光っており、眩しい。目を細めながら身体を起こすと下がふわふわしている。どうやら草の上で寝ていた様だ。


「ふ……あ…。」


屈伸をし、何故森にいるか分からず、記憶を探る。


夜、いつものメンバーでトランプをしていた。それから――


咲の肩がびくりと跳ねる。


思い出した。昨日の出来事を。あの時の恐怖を。毒を盛られ、蹴られ、嗤われた昨日を。

無意識に震えた体を手で抱く。

だが、自分の記憶が確かなら、毒で苦しみながら死んだはずだ。

咲は若干の混乱がありつつ、考える。


一つ考えたのは幽霊という説

二つ目は理由は咲には見当もつかないが生きている説


二つ思いつくと咲は早速検証を始めた。


手を見て動かす。ジャンプをしてみる。

思うままに動く身体は間違いなく自分の物だ。


実感がさらに強くなる。


自身に問いかけ、途端に生きたという実感が湧く。絶望的な状況から生き延びたに喜びを覚える。


「生きてる……!」


立ち上がり、空を見上げ、手を広げる。周りに人がいないと思い、生きた喜びを体全体で表す。

願った事が本当に叶うとは思っていなかった。神など信じていない咲にとって、一気に信じるような出来事だ。

自分の事でいっぱいだった咲は近くにある気配に気づかなかった。

咲に気配を気づかせる事なく近寄った者は肩を叩く。


「おうよ、起きたか。」


「ひゃ!?」


後ろから掛けられた声に文字通り飛び上がった咲は、誰だと振り返る。

其処にはハッとするような美形の男が居たのだ。

明るめの茶髪に、鮮やかな赤い眼。口は笑っているが、蔑みの色は見えない。

しかし顔に反し、服は適当で、長袖1枚に、長ズボンだった。


「なんか言ったらどうだ?」


何も言わないでいる咲に、男は苦笑をする。

咲は聞き覚えのある声に首を捻る。


絶対に聞いたことがある。それも極めて最近で大切な時に。


「………」


大切で、最近。


そこで咲ははっと気が付いた。

そう、あの最後に聞こえた声。一度思い出してしまえば確かにと内心で頷く。


「おーい」


眼の前で手を振られているが、意識を思考に持っていってる咲は気付かなかった。

男は溜息をつくと、魔法を発動しようとし……


「ありがとうございます!」


「は!?」


いきなり土下座した咲を呆然と見つめた。

待て待て、何でだ?という心の声が聞こえてくるようだ。


「おい、何をやっているんだ。」


「何って御礼です。」


「御礼を土下座でする馬鹿がいるか」


「ここに」


取り敢えず咲は土下座をした。羞恥心?何それオイシイのぐらいの勢いだ。人目など、この森にないので、余計にオイシク感じられる。


咲の返答にまた溜息をついた男は、顔を上げろと言う。

顔を上げ、今度は口でお礼を言う。


「有難う御座いました。私はこのままだと、死ぬ運命でした。助けてもらったあなた様には感謝しかないです。」


「うわー…面倒臭い奴助けてしまった。」


男は呟くと、手で顔を覆う。


「あのー……?」


何故そうなるのか分からない咲は心配になり、近づく。

男との距離が一メートルとなった時

突然、咲に真っ直ぐ当たったら、いや、掠りでもしたら即死級の魔法が襲った。


「!?」


魔法で相殺しようとして杖がないことに気付き、ギリギリで回避する。いきなり攻撃をしてきたことに驚いて相手を見る。


咲が見たのは手を突き出し、先程のふざけた雰囲気と打って変わって、冷たい表情で自分を見る男がいる。


その表情に、里奈達の裏切りを思い出し、血の気が引いていく。身体が震えだす。

あの出来事は余程のトラウマを植え付けた。どうあがいても克服できないぐらいに。


しばらく警戒していた男だが、反撃をしない()に、冷静になる。多少は落ち着いた眼で咲の様子を見て、我に返る。


何をしてしまったのか気付くと、男は冷たい表情から先ほどまでのどこかふざけた雰囲気のある表情に変わり頭を抱えた。


少しの間沈黙が続いていると、今度は男の方が誤り始めた。


「すまない。近づかれると殺されると思い、撃ってしまう癖が……。」

「い、いえ。こちらこそ無遠慮にすいません…」


殺す癖というパワーワードに咲の頬が引き攣る。


いきなり物騒な言葉が出てきたが、咲も里奈達に殺されかけた経験から分かるところがあったので、何も言わない。

誰にだって触れてほしくない部分があるものだ。男にとっては今の癖から始まるものだろう。


代わりに如何して此処にいるのかという当たり前の疑問が生まれる。


「あの、どうしてここにいるのですか?ここは立ち入り禁止なので、誰も入れない筈ですが?」


「其れはこっちが聞きたい。なんで人間のお前が此処にいるんだ。」


「貴方こそ人間でしょう?」


「俺は魔人族だ。」


咲の脳内がフリーズする。


男の言葉に、慌てて観察をする。

よくよく見ると、眼の色が、魔人族だけ持つという紅色の眼ということに気がつく。


咲も魔族の魔力入れられたからだろうか?紅とまではいかないが、赤い眼に変わっている。

黙って男の眼を見つめていると、男が目をそらす。


そして声色に吃驚したニュアンスを含みながら言う。


「……魔人と聞いても逃げないのか?」


今度は咲が吃驚する番だ。


「何を言っているんですか?貴方が魔人族だからなんだと言うのです?私が助けられたということに変わりはありません!」


「だがこの眼なんて気持ち悪いだけだろう」


信じてくれないので、我慢ならず反論する。


「紅眼が気持ち悪い!?誰ですか、そんなことを言ったの!どう見ても綺麗でしょう!多分、言った方の目がないですよ!」


どうしても伝わらないもどかしい気持ちを、言葉にする。


何度か力説すると、男は呆気にとられる。そしてこの少女が本気で言っていると分かると、笑ってしまった。

久しぶりの心の底からの笑い顔だ。


「ははっ!そんなことか……そうか、そう思ってくれるか……。ところで何故ここにいるんだ?」


咲には前半の言葉が聞き取れなかったので聞こうとしたが、後半の質問に吹っ飛んだ。

当たり前の疑問だ。言葉が詰まる。

だが今の咲に説明するのは容易では無い。

話す様子の無い咲を見た男は、やはりと確信する。


「………嫌だったら言わなくてもいい。何となく知っているから」


自分を気遣うようにいう言葉に、男を見る。男は遠くを見つめていた。


「……知っているというと?」


「俺が助ける前までお前は、親友に裏切られたと呟いていた。どうやってここに来たかというのは言っていなかったが。」


「!?」


助ける前というと、あの壊れかけて、頭の中で考えていたことではないだろうか?

知らず知らずの内に言葉にしてしまったらしい。

知られてしまって、咲は何となく居た堪れない気持ちになる。


だが、恥ずかしいと思うが、説明しなくてもいいという事に安堵もあった。


なので、親友''だった''人に転移魔法で飛ばされたという事だけ言うと、男は驚き、優しい眼差しを向ける。普段なら何も知らないくせに同情するな!とちょっとだけ苛つくところだが、里奈達の裏切りの衝撃が強すぎて、その優しさが嬉しい。


だが、次の言葉に凍りつくことになる。


「……俺も同じようなモンだ。」


「……え?」


男は自重気味な声で話し始める。


「俺もな、親友に裏切られたんだ。生まれてからずっと一緒に生きてきたのだけれど、あいつは俺を恨んでたんだ。そんなことにも気付かないで、俺は親友だと思っていた。だが、数年前のある日遂に恨みが抑えられなくなったアイツは罪を俺に擦りつけて、国外追放にしたんだ。」


「私と似ている……。」


ぽつりと呟いてしまう。


「あぁ、そうだな。俺らは似ている。だから柄にもなく、助けてしまった」


苦笑している男の顔は儚げで、誰かに似ているような気がした。だが、誰かというのは分からなかった。


「…ねぇ、貴方の名前は?」


咲はこの男にシンパシーを感じて、名前を知りたくなった。


「あー俺の名前?レンだ。お前は?」


「私は咲」


苗字は省き、名前だけ伝えると、微妙な顔をされた。


「サキ?妙な名前だなぁ。お前にしっくりこないし。何か違う名前ないのか?」


咲は首を傾げた。咲という名前はこの世界で使われないのだろう。

そもそも日本語であるから当然といえば当然なのだが。


それにしても名前なんて他に…と考え出したところで一つだけ思い出した。一度だけ、本当に一度だけ使ったことのある偽名。


「ツバキ」


ツバキとは、咲が偽名として使った名前だ。ゲームで一度だけ使った事がある。なんで椿にしたかは、咲自身も分からない。なんとなくしっくり来た、それだけだ。

だが、椿はこの世界にない言葉だろう。案の定、レンは更に困惑したような顔を浮かべる


「ツバキ?なんだそれ。この世界にない言葉か?」


レンはすぐにこの世界の言葉では無いと当ててみせた。

隠すこともないし、出来ればこれからの事を手伝って欲しいので、正解と言う。


「そうだよ。この世界の言葉じゃないの。」


レンは眉をあげて更に問う。


「お前は何処から来た。」


頭の回転が速いのか、勘がいいのか。レンは次々と正解にたどり着く。


「地球という場所」


「聞いたこともないな。」


レンは眉を顰め、分からないという。そしてどうでもいいとレンが考えるのを放棄して、これからどうするかというのを咲に聞こうとする。

だが、咲の泣くのを堪えているような顔を見て、固まる。


咲は、レンの様子に気付かず、口にする。


「………私さ、地球に帰りたいの。」


1番の願い。いや、叶えさせる。咲には絶対に成し遂げる目標。


「家族が待っているし、元の世界が好きなんだよ。」


「……それを俺に言ってどうして欲しいんだ?」


咲はレンの言葉に、ただ語っているだけということに気付く。

息を吸い図々しいお願いを言う。


「一緒に帰る手段を見つけて欲しい。」


「………俺のメリットは?」


簡単には頷かない。しかしそのぐらいは想定内だ。咲は出来れば、レンについてきて欲しいので、言葉を探す。

レンは試すような目でその姿を見ていた。


「メリットは……分からない。だけど、貴女の目を気持ち悪いと評するこの世界より地球の方が良いと、私は思う。だから、一緒に」


「いいよ」


え?と咲の口から間抜けな声が出る。こんなにあっさりと了承してもらえると思っていなかったのだ。


「俺はこの世界に何の未練もないし、つまらないクソみたいな世界だと思っている。俺が助けた命なんだ。無駄にさせるわけにもいかないしな。その『チキュウ』とやらに興味もある。一緒に帰る方法を探してやる」


上から目線だが、付いてきてくれると言ってもらえて咲――いや、ツバキは舞い上がった。

そして御礼を言おうとすると、侵入者が現れた。


「ギュゥゥウ」


声の主に眼を向けると、巨大な九尾がそこにいた。

九尾は魔物の中では上位だ。それが巨大になってなんて馬鹿げている。

レン曰く、偶に大物(上位の魔物)が来るが、ここまで大きいのはなかなか無いとのこと。


「チッ…今来るか.……。普段来ないくせに…!」


レンが舌打ちをする。


ツバキがいる今、本気で相手を出来ないと悟ったのだ。

確かにツバキは化け物だったが、ステータスだけが化け物なだけで、スキルは少なく実戦は積んでいない。


そして杖を持たない今は魔法が使えないのだ。とてもじゃないがが戦えない。


レンは取り敢えず前に出る。


ツバキはレンが前線で戦うと悟り、援護をするため魔法をかけようと思ったが、杖がないことに気付く。


力になれず、唇を噛んでいると、レンが飛んでいく姿が見えて、ツバキは飛んでいることに驚いた。


レンは一瞬で九尾の前に立つ。


「『炎轟牢(ファイアジェイル)』!」


レンが叫ぶと、九尾が炎の渦に飲み込まれる。

炎の最上級魔法、炎轟牢だ。

それは分かる。分かるのだが……なにが起こっているのか頭が理解できなかった。

理由は、レンが杖を使わず魔法を使っていたからだ。

基本的に魔法は杖を使わなくてはいけない。だが、レンは使っていない。ツバキは自分が知らないだけで使えるのかと考え気付く。


そういえばレンは癖で私を撃ってきた時も杖を使っていなかった、と。


ツバキは自分もできるのか考え出す。レンの魔力を受けた所為か、眼の色が紅に変わっている。

少しは特性を受け継いだだろうか。

ツバキはレンをどうやったら援護出来るかと考えていた。役に立つ方法を考えるというのは非常にいいことだ。

だが、戦闘中というのがまずかった。


「ギュウぅぅ!!」


「……え?」


声に意識を外へ向ける。見たらツバキの目の前へ九尾がせまっていた。

どうやら炎の渦から逃れ、数を減らすためツバキを狙ったようだ。

ツバキが反応できずにいるとレンが飛んできて、食べられるまで後数秒というところ九尾に魔法を撃ち、怯ませる。


「ツバキ!」


焦ってた表情で振り向くレン。冷や汗をかいていた。

レンが何かされていないかと心配しているのを悟り、返事をしようとして、ツバキは閃いた。


「大丈夫!………杖ってある!?」


レンはツバキの言葉に何の疑問も持たず、直ぐに動く。


「『マジックボックス』!……おら!」


何もないところから杖を出していたが、今はそんな事を気にしてはいられない。

投げられた杖をつかみ、自身が出せる、最高級の魔法を放つ。


「『毒薔薇園(エリアポイズンローズ)』!」


叫ぶと、ツバキを中心に紫の魔法陣が現れ、魔法陣の中のあちこちから薔薇の茎らしき物が現れた。茎らは九尾に向かって伸び、突き刺していった。そして九尾を貫通すると茎の先から薔薇が咲き、全ての薔薇が咲くと、爆発した。


ゴオォォォォォン



辺りが風圧で吹き飛ぶ。ツバキもろとも吹っ飛びそうになったが、レンが支えた。

風が収まったのを感じ、目を開ける。そこには何も残っていなかった。

この辺りが安全になったと確認し、ツバキはレンに抱きつく。レンも拒否することなく受け止める。


「ありがとう、助けてくれて!」


「いや、最後はツバキがやってくれたしな。あれ最大級だろ?」


「うん。だけどレンが助けてくれなかったら、私は九尾に食べられて死ぬところだった。助けてくれて有難う、レン!」


満面の笑みでツバキは感謝を伝える。


レンも始めて見る幸せそうな表情につられて笑顔になる。


そうしていると、ツバキの口からありえない言葉がポロリと落ちる。


「……好き」


「………え?」



(………あ)


言っちゃったー!と咲は自己嫌悪に陥る。

何を口走っているのか。


(確かにレンの事は好きだが!助けてくれたレンがかっこよすぎてキラキラして見えたが!2度も助けてもらったけど!)


謎にキレながら幾ら何でも!と自分を叱り、レンの方を恐る恐る見る。

これで拒否されたら多分立ち直れないだろう。


「えっと……レン?」


「うわぁ……反則かよ」


レンは口元を押さえ、眼をそらしていた。


「レン?」


「…俺もな、好きだよ。」


レンは突然の事に驚きながらも、返事をする。


実はレン、助ける前から気になっていたのは、一目惚れだったりする。

そして手掛かりを探すのを手伝う気になったのも、無意識に好きだとわかっていたからだ。魔人だから、という理由で拒まれず、茶髪である事を当たり前として受け入れてくれる。


1番の理由は、癖で攻撃してしまったのに、それを咲が何も聞かずに受け入れてくれたからだ。レンが惚れるのも無理ないだろう。そして先程の戦闘で、咲が危なくなった時失いたくない、と強く思い、好きということを自覚したのだ。


そんな事情を知らない咲は………固まった。


嬉しさと恥ずかしさが混じり合い、段々顔に熱が集まっていくのが分かる。

我に返ると、レンの返答に照れつつ、この手を離さないというように掴む。

咲はにっこり笑うと再度お願いをする。


だが、この場合はお願いというよりは、誓いに近いかもしれない。


「これからよろしくお願い、レン!」


「あぁ。こちらこそな」


2人は世界一幸せそうな顔で微笑み合い、まずは森から出ようと飛んだ。

自分で書いていてとても気分が悪くなりました。御都合主義にも程があるだろと自分に突っ込んでいます。

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