ダンジョンに個性は求めてない
モンスターが皆無の階層を駆け抜けて早数十分。既にツバキたちからは表情が抜け落ちていた。
訳がわからない構造と、無駄に広い敷地のせいか、精神も体力も削られ、魔力の減らされる感覚。頭がおかしくなる一歩手前の状況だ。
無限で突き進み、ついに九十九まで到達。
三人は顔を見合わせ、グデーと座り込んだ。
女の子座りになったツバキが、疲れた…と呟く。
「…やっと、九十九…」
「あと一つだ…」
「絶対にこのマスターはシめる…」
物騒なことを言っているサリエルドだが、実際はレンと同じように大の字で寝ている。
少しばかりの休憩をとり、ツバキは高さ五メートル程ある扉を押した。
何故か光があふれ、ドライアイスのように煙が吹き出した。
再び無言になった三人。
そして、煙が晴れた先に見えたのはーー
「やっと来た。遅かったね。」
「うん、ちょっと説明プリーズ」
即座に突っ込んだツバキ。
その向こうには妖精が浮かんでいる。
翡翠の髪に黄色の眼。パタパタと羽を動かしている姿はとても愛らしい。
ツバキは既視感を抱いた。
「うーん…何処かで似たようなのを見たような…」
「……あ、あれだ、シェフィって名前のダンジョンマスターに似てるんだ。」
「あー!それだ。」
ツバキたちは改めて目の前のダンジョンマスターを見た。
記憶と照り合わせると、瓜二つだ。身長を除いて。
妖精がピクッと眉を動かす。
「ほぉ?お姉ちゃんのこと知ってるの?」
「ああ、俺たちはシェフィのダンジョンをクリアしたんーーお!?」
「レン!」
光の矢が飛んだ。
レンは余裕で避けたが、突然攻撃を仕掛けて来たことに対する驚きが返せない。
目を向ければ、背後に大量の矢を浮かべている妖精がいる。
ツバキは銃を構えた。
「…いきなり何するの。」
「何って、私ダンジョンマスターだもん。クリアする条件は私を倒すこと。だから…」
にっこり笑う。
「勝負だよ。」
言葉と同時に矢が放たれる。
三人は飛び退くが、矢は執拗に追いかける。
ツバキがどうしようと考えた時、突然レンが振り返り、刀を出現させた。
「はっーー!」
息を吐くと、全てを斬る。
鬼の如し動きは一切の無駄がない。
ゴゥという音ともに、矢は燃え尽きた。
「ふぅ……」
止めていた呼吸を再開する。
大きな息をつくと、おもむろに左手を見た。
少しの間そうしていたが、首を振ると、後ろを振り返る。
そこにはサリエルドが剣を出現させ、抜刀しているツバキの姿があった。
「レンを攻撃した代償は大きいよ?『毒薔薇』」
「んな!?」
おそらくツバキだけが持つ魔法は、当然妖精も知らなかった。
驚愕の表情を浮かべると、咄嗟に『障壁』を展開した。
だが、棘はそれを貫通する。
動きが止まったのも一瞬。バリンッと割ると、障害の無くなった薔薇はまた進攻を開始した。
妖精の心に焦りが生まれる。
代弁するとしたら『ありえない!』と叫んでいる事だろう。
急いでその場を離脱するが、笑顔のサリエルドが待ち構えていた。
「!」
微笑んでいるはずなのに、妖精は言いようのない恐怖を覚える。
果たしてその予感は当たるのか。
次の瞬間、答えは出る。
相手の五感を奪うように、『閃光』が発動される。同時に『麻痺』も展開された。
モロに当たった妖精の動きが止まる。
その瞬間を逃さぬように、サリエルドの劔が身体に刻まれた。
「うぐっ。」
意外に吹っ飛ばない妖精。なんらかの魔法を自分にかけているのだろう。
たがそれが仇となった。
二度目の攻撃。三度目…となろうとしたところで、妖精は避難することに成功をした。
逃げ切ったと冷や汗を浮かべながら、息をつく。
しかし、相手はそれだけではない。
殺意を感じて妖精が振り返ると、そこには刀を構えたレンがいる。
「しまっ…!」
「さっきはよくもやってくれたな?」
不敵に笑ったレンは、仕返しとばかりに炎を纏う刀を振るった。
肩から腰にかけて大きな傷が出来る。
魔法から生まれた刀は、傷口から妖精の身体が焼いた。
「あああああぁ!?」
激痛に悶えるが、妖精は耐えた。
残りHP二割。
しかし、ダンジョンマスターにしか見えないHPのバーは、時間と共に僅かに減っていた。
レンから受けた攻撃の継続ダメージだ。
炎には相手に状態異常を与える効果がある。それが今回見事に発動したのだ。
ツバキたちからは見えないバーだが、まるで見えているかのようにツバキは双剣を手に取り突っ込む。
焦りが妖精の心を支配する。
魔法を撃って抵抗するも、虚しいばかり。
「…嘘でしょ。」
ツバキが目前に迫る。
白銀の刃を見たのが妖精の最後だった。
***
「う…」
「あっ、レン起きたよ!」
妖精が眩しそうに目を開ける。
起きるとそこは、戦闘前と変わらない部屋、九十九層だった。
ツバキの声を聞きつけたレンたちがやって来る。
「意外と早かったな。」
「光が集まって、また形となった時はどうなるかと思ったよ。」
「でもそうしなきゃ、ダンジョンを治める人がいなくなっちゃうよ。」
楽しそうに談笑しているツバキたちを、妖精は呆然とみる。
「…私は負けたの?」
呟いたのは思わずだったかもしれない。
聞こえたツバキがチラリと妖精を見る。
「……そうだね、私たちが勝ったんだよ。」
「そっか。…うん、お姉ちゃんのダンジョンをクリアしたんだもんね。」
「そのお姉ちゃんってシェフィのこと?」
コクリと妖精は頷く。
「といっても双子だけどね。自己紹介をするよ。私はリリィ。訳あってダンジョンを立ち上げたの。」
「なんでシェフィの話になった途端に攻撃したの?」
リリィの表情が暗くなる。
何かまずいことを聞いてしまったかとツバキは焦るが、リリィは話し出した。
「…私が勝手に劣等感を抱いているの。何でもできるお姉ちゃんと、出来損ないの私。比べられ続けて、名前を聞くのも嫌になった私は、逃げ出したくてダンジョンを作ったの。でも、まだダメだね。今でも名前を聞くと、自分が惨めに思えちゃう。」
自嘲気味に笑うリリィは、哀れさを誘う。
「…私はリリィの方が素敵だと思うよ。」
ツバキの本心からの言葉。
しかし、リリィは困った表情だ。
「慰めてくれてるの?…ありがとう。」
ツバキの言葉は素直に受け取った訳ではないが、少しリリィの表情が明るくなる。
今までそんな言葉を言われたことがなかったからだ。
リリィはフッと浮かび上がると、気を取り直す。
「じゃあ、クリア報酬を渡すね。」
付いて来てと、何処かへ三人は案内される。
「百層?」
リリィは階段を降り、百層へと向かう。
ツバキは何故百層があるのに、九十九という微妙な場所で待っていたのかと、不思議に思う。
同じく謎に思った二人も、首を傾げた。
そして、その答えは衝撃的な物だった。
「…最初の攻略者にだけ贈られる物だから特別だよ。」
ギギィ
扉が開かれた先には、巨大なものが置いてある。
それはーー
「潜水艦!?」
そう、潜水艦だ。
「私からのプレゼントはこれだよ。」
「大きいプレゼントをどうもありがとう。」
「これって『マジックボックス』に入るのか?」
「多分大丈夫。私のところにも入るから。これで分かったと思うけど、こういう理由で百層が使えなかったの。」
どうやらツバキたちの疑問は見抜いていたらしい。
苦笑いをしているところから、自分でも思っていたのだろう。
「そうなんだ…」
「あ、あともう一つあるよ。」
「何?」
何処からか取り出した、一つの歯車がツバキの掌に乗せられる。
レンが興味深そうに覗き込んだ。
「あるもののパーツらしい。」
「らしい?」
「私は渡せと言われただけだから知らないよ。」
おそらくだが、これが異世界に渡るためのパーツなんだろう。
「へえ…パーツってこんなものなんだ。」
「なんだか意外。魔法だと思ってた。いや、話からするとそうだった気がするけど…ファンタジー感がないなあ…」
「組み立てるものなのかな?」
レンが二つともしまうと、リリィは、壁を押す。
隠し部屋のように通路が現れた。
「ちょっと待って、隠し部屋がダンジョンにあるのはおかしくない!?」
「…本当に、ここはどうなってるんだ?」
ツバキは一つの階層を思い出した。忍者屋敷な層を。
リリィが振り返り、ドヤ顔をした。
「どう?私のダンジョンは。とっても楽しい、個性のあるダンジョンでしょう?」
「ダンジョンに個性は求めてないから。」
「え?私は求めるよ?」
この少女はどこかの感性がおかしいのだろう。
思わず遠い目になった三人だが、そういえばシェフィもどこかずれてたなと思い返した。
双子だからか、根は似ているのか。
「とりあえず、この先にある陣に乗れば外に出れるよ。」
「それじゃあお暇するね。」
リリィは出口に向かい出したツバキたちを、姿が見えなくなるまで見守った。