魔法学校に転入です
「今日は臨時集会という事だが、新しく一年生に、二人の先生と、一人の女生徒さんが入ることになった。まず、研究生の御二人だが、レン先生とエル先生だ。レン先生は作法講義を、エル先生は歴史科を担当してもらう。そしてツバキさんだが、なんと、外国の公爵家の娘さんだ。皆さん失礼のないようにしなさい。では、三人共挨拶を。」
威圧的な言葉で、王立魔法学校の校長は挨拶を促す。
体育館のような館のステージに立っているツバキたちは、順番に一歩前に出た。
「レンだ。一ヶ月ほどだがよろしく。」
「エルです。サポートなので実際に教えるのはないと思いますが、短い間は仲良くしてくれると嬉しいです。」
「こんにちは、ツバキ・フラージュです。魔法も剣も得意ですが、どちらかというと魔法が好きです。これからよろしくお願いします。」
ツバキは、貴族が着るようなドレス姿で頭を下げた。
これからも何もないけどなと内心思いつつ、在校生たちを見回した。
先程から殺気がバシバシ突き刺さってくるのだ。
『レン、何で私睨まれてるの』
『さあ。学生なんて昔すぎて検討もつかない。』
『エルは?』
『同じく分からないよ。少し思うとしたら、女子の嫉妬とか?』
『それはない。』
「…では、今日はここまで。皆戻るように。」
ツバキたちが念話をしている間に、集会は終わった。
その後ツバキは校長室へ、レンたちは職員室へと案内された。
教材を配られると、早速ツバキは教室へと向かった。
前を歩いている担任のサリーに、ツバキは質問をかける。
神経質そうな横顔は、明らかに人を見下していた。
「先生は何の教科を担当しているのですか?」
「私は魔法科だ。全ての属性を扱える、千人の一人の逸材だ。まあ、貴様は一つだろうがな。」
何故こうも威張っているんだと内心の苛立ちを抑えつつ、ツバキはすごーいと演技をした。
そもそも、ツバキには全属性を行使できることの何が凄いのか分からない。
それはそうだ。ツバキら勇者は、属性関係なく魔法を使えるようになっているからだ。魔人は歳によるが、同様。
どれだけ人間が弱いかがよく分かる。
「ところで、最初の授業は何ですか?時間割をまだ貰ってなくて…」
「ハッ、それはよこせと言っているのか?流石は公爵家令嬢。遠回しな命令もできるんだな。」
(違うんですけど!?)
この公爵家というのは、ユリーカの家を使っている。しっかりと許可を取って。
普通ならダメと言われそうだが、そこは暗示をかけているから大丈夫だと、サリエルドはドヤ顔をかましていた。
学校からいなくなった時には誰も覚えていないだろう。
そんなツバキの思いも知らないで、サリーはペラペラと饒舌に喋る。
「だが残念。ここでは教師の方が身分が上だ。貴様らの理不尽な命には従わない。」
「…そーですか。」
適当に相槌を打ったが、それを悔しがっているとサリーは捉え、更に話す。
ツバキはこんな御託には付き合ってらんないと興味をなくし、校舎を観察しはじめた。
(綺麗な壁。きっと工事なんかいらないで魔法で一瞬で終わらせるんだろうなあ…照明も電気じゃなくて魔法なんだよね…不思議…)
「…って聞いているのか?」
「え?…えと、そうですね?」
くどいようだがツバキは話を聞いていない。会話のキャッチボール何それ状態だ。
なので、またまた適当に返事をしてしまい、それが墓穴を掘ることとなった。
サリーは鼻で笑うと、
「やはりな。お前みたいな奴は婚約者を頼りにするのだな。で?誰なんだ?」
「………。」
(やらかしたーー!?)
いつのまにか婚約者の話になっていたことへの驚きと、既にいることになっている事について、ツバキの頰が引きつった。
なんとか言い逃れようと、しどろもどろに言葉を並べる。
「えっと、私の相手は言うなと言われてまして…」
「ほお?」
「なので言うことはできないっていうか…そういうことなんで、この話題には触れないで下さい!」
強引に話を止めた。
サリーは面白いというように口元を歪めたが、突っ込むことはなかった。
ツバキは焦って早く行きましょうと急かす。
教室に入った頃には、精神的な体力がかなり削れていた。
何事もなかったかのようにサリーは教壇に立つ。
「えー、今日紹介されたツバキ・フラージュだが、我々のクラスに所属することになった。」
「ツバキ・フラージュです。よろしくお願いします。」
「席は空いているところを使ってくれ。」
動き辛いドレス姿だが、優雅に見えるよう必死にツバキは歩き出す。
少なくとも公爵家令嬢という設定なので、これぐらい余裕というように見えなければいけない。
しかし、ツバキは見事にやってのけた。
微笑みは崩さず、真っ直ぐ向かう。
ツバキが席に着いたのを確認すると、サリーは授業を始めた。
***
レンは笑顔の仮面を保っているものの、内心はうんざりしていた。
「レン先生、どうでしたか?」
「まだまだだ。背筋が曲がっている。指もバラバラだ。もっと先まで神経を尖らせろ。」
「はい!」
レンは作法担当。今の時間は優雅に食べる練習をしていた。
椅子に座り、ケーキを切り分け食べる。それだけだ。
簡単なこの動作を幼い頃から学んでいるはずの令嬢たちは、先程からバシバシと注意を受ける。それも殆どの令嬢が。
侯爵家令嬢でさえ間違いが多いのを、おかしいとレンが気付いたのは、始まって十分が経ってからだ。
忘れてはいけないが、レンの容姿は十人中十人が振り返るような美貌を持っている。
レンを見た令嬢たちは一瞬で猛獣へと変化し、この時間に何としてでも落とそうと、奮闘し始めたのだ。
わざとミスをして構ってもらい、より多くの会話をする。
今さっきレンから注意を受けた伯爵家令嬢は、他の令嬢に向かって自慢気に笑い、教室の温度が一回り下がった。
しかし、一部の令嬢は、それな馬鹿な令嬢たちを一瞥すると、完璧にこなしてみせる。
自分の実力を見せ、落とそうとしているのだ。
格の差を見せつけているのだろうが、同期が不純すぎるので結局は同じなのだが。
そんな下心を見抜いたレンは、頭が痛くなった。
どうして自分たちにチャンスがあると思えるのか。
レンはツバキとの仲を言って追い払いたかったが、流石に理性がストップをかけた。
イライラが最高潮に達しそうになったところで、授業が終わる。
すぐに次の教室へとレンは歩き出し、早くダンジョン行きたいなあと現実逃避気味に考え出した。
***
レンと入れ替わるように、サリエルドは教室に入った。
その時に、サリエルドに念話が送られた。
『コイツら多分お前を落とそうとしてくるぞ、イライラするから気をつけろ』
そんなバカなというように令嬢たちを見回す。
レンを落とせなかったことを悔やむように令嬢たちは扇子を強く握っていたが、サリエルドを見た途端に、目の色を変えた。狩人の目だ。
そして授業が始まると、案の定というようにサリエルドは質問責めにあった。
「エルせんせぇ〜分かりませーん」
「エル先生〜わたくしも此処が〜」
「順番に行くのでまってて下さいね。」
レンの言ってた通りかよ、とサリエルドはドン引きするが、しっかり全員の相手をした。
その後のどうでもいい質問(恋人今いますかとか)も、全て丁寧に答えた。真面目ここに極まる。
そんなこんなで一日が終わる。
三人は集まると、溜息を吐いた。
「…ヨイショヨイショ疲れた…質問の多さ異常だよ…」
「構って欲しいからわざとミスるとか…アイツら死ねよ。休む暇がねー…」
「わからないところなんて、全部教科書見ればわかるよね…?」
「「「はぁ…」」」
三人の溜まったストレスは限界だった。
一番の解決法はなにかを破壊することだが…流石に留まった。ダンジョンまで崩れてしまったら大変だからだ。
学校が壊れる前提な事についてツバキは、突っ込まなかった。
破壊ではないなら何か。飲み会だ。
パーっと行こう!というサリエルドの一声で、その辺にある酒場に行った。
ツバキは未成年なので遠慮したが、レンたちは気がすむまで飲んだ。
魔人である彼らは、酔い度もある程度は調整できるので、潰れる心配はいらないからだ。
それが仇となったのか、二人が満足した時には、ツバキは船を漕いでいた。
レンは歩くこともままならないツバキを抱え、女子寮に向かう。
寮については、校長に頼んで用意してもらったのだ。
この姿を誰かに見つかったら大変だったが、夜2時だと流石に誰も起きていなかった。
レンとサリエルドは、これがいつまで続くのか憂鬱な気分で寝た。