……凶器すぎる
ツバキたちは服屋に向かっている。
サリエルドの約束の通りに、追加を注文するのだ。
正直言って完成はいつになるかは分からない。
ただし、ツバキたちの作り終わったのならば、一週間程度でできるはずだ。
一ヶ月の期間は初めての挑戦だから。しかし、サリエルドのものは二回目となるので、普段通りの時間でできると思ったのだ。
レンとサリエルドはまたくだらないことで言い争っている。
「やっぱ受ける依頼は“バルクフェル”だろ!」
「いいや、“サーベルタイガー”だね!あの牙は持っていて損はない!」
“バルクフェル”とは自身から瘴気をだす魔物だろ。大きさはそこまでではないのだが、耐性がないと、時間経過で負けてしまう恐ろしいことになる。ランクはSS。最高ランクだ。
サリエルドが反抗して言った“サーベルタイガー”も、同じSSランクだが、こちらは大きさもある。“バイオタイガー”が進化した個体となる。
側によるだけで体が焼かれるような熱風。五メートルはある巨大な身体に、目立つ牙は岩でさえ砕くと言われている。
凡人が聞いたら顔を青くして逃げ出す会話だが、常人を脱したツバキはそんな二人を見て、溜息をするだけだ。
「サリエルドの軍服はどうしようかなぁ…レンがアレだったからエルはこっちかな…?」
ツバキは頼みたいデザインを考えていた。
意外?かどうかは分からないが結構軍服好きなツバキ。
さまざまな軍服を知っており、パターンを現在思い出している。 途中だ。
「結局ローブ着ちゃうのは残念だけど…折角だからカッコよくさせたいよね…」
飛びながらもツバキはペンを走らせる。
何枚も描いているが中々気に入ったデザインが描けず、こうして悶々としているのだ。
「あの、そんな真剣にならなくても…」
自分の事なので嬉しいのだが、ここまで本気でやられると逆に申し訳なくなり、サリエルドはおずおずと話しかける。
だが、返答は斜め上のもの。
「ううん、さいっこうのを考える!」
「おおう、なんかスイッチ入ってる…」
サリエルドは少し引き気味に相槌を打つ。
しかし、自分も客観的に見ると同類ということは知らない。
非常識な人ほど分かっていないのだ!
「ツバキはこれはダメなのか?」
「私も良いとは思うんだけど…なんかもうちょっとって感じ。」
レンは今さっき書き終わり、睨めっこしているデザイン画を指差す。
黒のジャケットは腰のところをベルトで締められ、上には大きめのポケットが二つ。
ツバキ的にチェーンを付けたかったが、邪魔になるので諦めた。
着丈の長いジャケットに隠れたゆったり目のズボンは、太ももあたりから見える。
統一させた黒の軍服は、サリエルドにぴったりだ。
だが、何かもう一つ欲しいと思ってしまう。
「…もしかしてコートみたいにしたら…」
魔力で消しゴムを生み出し、描き直す。
魔力から生み出せるなんて、すごい便利!と、見た人は思うが、これはMPの消費が激しく、ツバキでさえ現在の魔力残量は半分程。並の人ならば何も出来ない。
裾がさらに長くなり、ズボンがぴったりとしたものに変わる。
ツバキは目を輝かせた。
「これだ!あぁ!エルにぴったり!」
サリエルドの横に紙を持ってきて、合わせてみる。
黒々だが、紅の眼が映え、なかなかに良い仕上がりになった。
「いいんじゃね?エルはどうだ?」
「うん、見たことないけどいいと思うよ。」
サリエルドが頷いたのを見て、ツバキは自分の『アイテムボックス』に入れる。
「良かった。そしたらこれを頼みに行こう。」
「それにしても地球は面白いな。なんかこの軍服知っているような気がするし…」
レンは首を傾げる。何か心の中に突っかかるものがあるのだ。
「私たちが頼んだものと似ているからそんな気がするんじゃない?」
ツバキたちは緩めていたスピードを戻し、服屋を目指した。
***
「こ、これは…!!」
ツバキは感激していた。
何故こうなっているのかは三十分前になる。
サリエルドの軍服を発注をしようとした時、ツバキたちの担当だったソルティがやってきて、完成したものを持ってきてくれたのだ。
ツバキとレンは一瞬で目の色を変え、サリエルドに全てを押し付けた。
何かサリエルドは言っていたが二人は気にせず、飛びついた(物理ではありません)。
スペースをもらい、着替えたツバキは、丁度着替え終わった軍服姿のレンを見て、固まった。
冒頭に戻る。
先に我に帰ったツバキは、他に人が居るのにも関わらず、フードをとる。
よく見たいと思ってしまったのだ。
レンはフードを取ったツバキにしまったとなった。だがツバキが外しても何も問題はないと思い、自分がヘマをやらかす前に、ツバキに近づきよく見る。
「……ヤバい、素敵すぎる…」
「…凶器かよ……可愛すぎねぇか…?」
二人それぞれ心ここに在らず状態で、抱き合う。
キスをしようとすると、見ていたソルティが声を掛けた。
「あの、何か不満とかないですか?着心地や、サイズなど…」
やっと気づいたというようにツバキはピタッと止まる。
レンは確信犯だった。
「えっと、大丈夫…デス。」
「それにしてもそのような美しい顔をされ「黙れ」グヘッ!」
ソルティがツバキを褒めかけると、レンがぶっ飛ばした。そんな目で見るのは許せないらしい。
壁にぶち当たり、いつもならツバキが心配するところだが、ツバキは慌ててフードを被り直す。
「えっ!?フード、私…!」
「ツバキ、こいつやっていいか?」
「え、あ。いいんじゃ…ダメです!」
思わずツバキはいいよと言いかけたが、即座に言い直した。
レンは舌打ちをする。
「コイツの目だけでも…」
「物騒すぎる!?…あ、それよりも私、フード被ってなくて…」
ツバキは俯く。自分がまさかの失敗をしてしまった。これでは何のために今まで用心したのかと罪悪感に心が重くなる。
だが、レンは気にしていない。
ソルティの生死を“それより”で済ませたのも大概だが。
「いや、ツバキは見られても困ることはそうそうないはずだ。だから、そう気に病むことはない。」
「だけど…」
「俺が大丈夫と言ったから大丈夫だ。だろ?」
「それなら良かった…今後は気をつけなきゃ」
ツバキは息を吐いた。結構混乱していたのだ。
そして、ここでサリエルドが現れる。
「二人共〜一週間後に完成だっ…ええ!?何やってるの!?」
「ちょっとツバキを変な目で見ようとしたから。」
「そうか…じゃない!その人死にそうだよ!?」
「うえ!?…『ヒール』!…よかった、直ったみたい…」
放っておいてごめんねとツバキは謝った。聞こえていないだろうが。
ソルティが目を覚ました時には、元のようにツバキはフードで美貌を隠していた。本人は自覚していないが。
「ソルティさん、レンがごめんなさい。」
ツバキが平謝りだったが、心が広いのか、ソルティは笑顔で許した。
「いや、大丈夫さ。彼女を変な目で見たのも悪かったしね。…代金はサリエルドさんの前金の時に払ってくれ。それじゃ。」
ソルティが奥に戻る。
ツバキたちはサリエルドが言いかけていたことを聞く。
「えっと、とりあえず完成は一週間後だよ。本来なら素材やらなんやらあって一年かかるけど、僕が素材を持っていたから提供した。そしたら一気に期間が短くなったってぐらいかな。報告は。」
「そっか。…素材、ねぇ…担当の人、顔引きつってなかったよね?」
嫌な予感がしたツバキが聞く。
サリエルドはニッコリした。
「見てないからわからないけど、“Aランク”のものだから大丈夫でしょ。」
「……なんか突っ込むのも疲れてきた…」
まさかの返答にツバキは撃沈した。
いきなり災害級の魔物を出されるなど、サリエルドの担当の人が可哀想になる。
「私のショックは置いておいて…ここで一週間待つ?それとも何かギルドで依頼を受ける?」
「あ、それならエルの身分証明のためにギルドカードを発行しておこうぜ。証明できるのなんか魔人の戸籍ぐらいだからな。」
「そうだね。エル、後で常識を教えるから覚えて。」
「……常識って教えられるものなの?」
とても疑問に思ったサリエルドだった。