魔王討伐作戦
「それじゃあ魔王をやるぜ!」
「おー!」
赤い月が輝いている夜。ツバキとレンはいつものようにローブを羽織りながら、街のはずれにある、小さな家の前に立っている。
隣は、月の光を受けて輝いている草原が広がっている。
誰も起きていない時間帯を狙って、動こうと方針転換した。
魔王なら起きているかも知れないが、それでも不意打ちを狙えるならば夜が良いと判断したのだ。
ツバキは勇者なので、討伐するのが目的だ。しかし、決戦前の緊張など皆無。そうだ、ピクニックに行こうくらいのノリだ。
どうして魔王の場所を特定できたかについては、魔力を感知したからだ。
この街でツバキに匹敵する魔力など、魔王だけだ。
「取り敢えず…バフをかけておいたから、あとは『死の宣告』は事前にしておくよ。」
「よろしく頼む。もしかしたら長期戦になるかも知れないしな。」
「……レンは死なないよね?」
ツバキが一番恐れているのはレンがいなくなる事だ。
不安げな瞳をレンに向ける。
レンは不敵に笑うと絶対にない、と言い切る。
「魂さえ滅する魔法を直撃しない限りは死なないさ。」
魔人は魔耐が元から高い。なので魔法で死ぬ事はほとんど無いのだ。
ツバキは安心すると、扉を壊す。予め防音結界を張っていてもらったので、破壊音は聞こえない。
レンと頷き、結界を家全体まで広げてもらう。
「そしたらーー突撃!」
「おう!」
自身の速さをうまく使い、5秒と経たず寝室へたどり着く。
慎重に扉を開けると…
「着たか。裏切り者が。」
炎の球…『炎弾』が飛んでくる。しかし、スピードが異常だ。明らかに最上級ランクの威力だ。
完全に油断していたツバキは反応が遅れる。
「!?」
「『結界』!」
咄嗟にレンが結界を張った。
パリンといい音をたてて壊れる。
前を見据えると、新たな魔法を展開した魔王が立っている。
ツバキは自分たちがやって来ることを待っていたと言う魔王に驚いた顔をする。
レンは今にも殺したそうな表情だ。
魔王は紅い眼に殺意を宿すと、魔法を行使した。
赤黒い魔法陣は全員の足元へ広がる。
「さあレン。しっかりと落とし前はつけてやるよ。」
「何の話だ!?裏切ったのは貴様ーー!」
レンが言えたのはここまでだ。
シュンっとの音でツバキ達は転移した。
***
「ここは…何もない?」
「……。」
ツバキ達が連れてかれたのは、真っ白な世界だ。地面もない、ただ空中に浮かんでいるだけ。
魔王は満足すると、ツバキ達に振り返り手を広げた。長い真っ黒な髪が風圧で揺れる。
「ようこそ!僕の幻想世界へ!僕はサリエルド。知っての通り魔王をやっていたよ。」
ツバキは言葉に違和感を覚えたが、それよりも新しく聞く言葉が気になった。
「マジックワールド?」
ツバキは此処が戦場になるということしか分からなかった。この辺りは知識不足としか言いようがない。
レンは滅多に見せることのない魔法に顔を歪めた。
「……貴様何を考えている。」
サリエルドはあからさまに嫌そうな表情をした。
「はぁ?レンに答える筋合いはない。レンのせいでこうなったのだから。……ああ、フードはとっていいよ。どうせ意味がないんだし。」
レンは舌打ちをした。全てコイツは分かっているとよくわかった。
「そうさせてもらうよ。ツバキはどうする?」
「うん。苦しいし取らせてもらうよ。」
ツバキはフードに手を掛けてサラリと顔にかかった髪を払うと、広がったし視界でサリエルドを観察した。
ゆるりとした黒ローブに、赤いマフラー。かけていたサングラスは外している。
顔はレンと同じくらいの美貌に、漆黒の長髪。口は笑っているが、目は怒りで燃えていた。
なぜ憤っているのか。理由は分からないが、今は敵の首をとることが先だ。
既に勝負は始まっている。
『死の宣告』
ツバキは心の中で唱えた。
何故いつもみたいに演唱しなかったのか。何もかもを見透かされそうな眼に、口に出したらダメだとすぐに悟ったのだ。そしてその判断は正しかった。
サリエルドは自身に巻きついた赤色の魔法を見ると、へぇと声を漏らした。
「…そこのツバキ?って言ったかな。こんな洒落た魔法を無演唱か。面白いね。人間のはずなのにまるで長生きした魔族ではないか。」
(…っ!この人には次は効かない!)
ツバキが魔法をかけると、今までの僅かな隙が無くなった。空気が張り詰めて、少しでも動くと、殺される錯覚にとらわれる。
レンは冷や汗を拭った。
「マジかよ…さらに強くなったって言うのか…。」
「そうさ。数年でここまで強くなるなんて僕も思わなかったね。これでレンを殺せるよ。」
この発言は逃せなかった。
「……レンは絶対殺させないよ。」
睨んだが、逆に眼を輝かせられる。
「おお。ツバキちゃんもレンを好きになった一人か。どう?レンより僕の方がいいと思わない?」
「茶化さないで。あんたよりレンの方が何十倍もいいに決まってる。」
バッサリと切り捨てた。
サリエルドは一瞬傷ついたような顔をしたが、すぐにヘラヘラした顔に戻る。
「そうか。じゃあ、レンだけ殺してツバキちゃんは愛人にでもするか。…うん、それが良いな。」
ツバキは全身に鳥肌が立った。
(この人の愛人なんて考えたくもない!何、この魔王。ネジ数本ぶっ飛んでるんじゃないの!?)
誰もが見惚れる美貌がなければ、通報ものだ。
「誰が貴様なんぞにあげるものか。さっさとあの世に送ってやる!」
「元部下に殺されるほど僕は弱くないさ。」
いくよーーと言うと、サリエルドは攻撃を開始した。
最初はゆるりとした風魔法。だが囮だと言うのは言われなくても分かった。
証明されたのは、コンマ遅れで『深鏡闇弓』が放たれる。
背後に迫る、本命であろう闇魔法に気を配りながらもツバキは魔法を撃つ。
(『毒薔薇』)
赤色の陣営が広がると、紫色の茎が現れる。急速に成長すると、毒を持つ薔薇の茎は、主の敵へと突き進む。
初めて見る魔法に、サリエルドは慌てて横っ飛びで避ける。
属性も分からない魔法を相殺など危険な事はできなかった。
ギリギリだった為掠れたが、ダメージは与えられない。
「うわっ!なんーー!?」
途中で言葉が途切れたのは、レンが『炎ノ刀』で攻撃したからだ。
レンはニヤリと笑うと、連撃を叩き込む。
サリエルドは自身の愛剣を取り出し、なんとかといった様子でガードする。
「こっちも忘れないでほしいなぁ?」
「チッ。二人を相手するのはキツイなーー」
『煙弾』
間髪入れず、魔法を撃ち込む。
視界が悪くなったサリエルドはついにレンの攻撃を一発食らってしまう。
「ぁぁあもう!ペースがなかなかこっちに来ない!」
「残念だな。俺とツバキは絶対勝つんだ。」
それは信頼からの絶対的な自信。
サリエルドは睨みつけたが、だんだんと目が見開かれていく。
それはーーーかつてサリエルドがレンと築いてきたものだ
サリエルドは気づいた瞬間に、先程の比ではない怒りが溢れる。
憤りの感情は力へと変換され、更なる高みへと誘う。
「……調子に乗るなぁ!」
サリエルドは魔力の波を押し寄せる。
ツバキは魔風圧により、少しばかり吹っ飛ぶ。だが、めぐるましく回る戦場では致命的な隙だった。
チャンスを逃さぬよう、サリエルドは愛人にしようとしたことも忘れ、剣で斬りかかる。
レンは助けに入ろうとしたが、魔法で妨害される。
レンの眼に、目を瞠ってサリエルドを見ているツバキと、ツバキを攻撃しようとしているサリエルドが映る。最悪の結末が浮かび上がり、レンは血相を変えた。
「ツバキ!」
「っ…!」
自慢の速さでのけ反って避ける。
が、次の攻撃がすぐにやってくる。体を捻るようにしてこれも避けるが、それすら予想していたのか、避けた先に魔法が放たれる。
当たるーーとツバキは覚悟をしたが、ダメージはやってこなかった。
魔法を対処し終えたレンが『障壁』で守ったのだ。
息切れしているレンに引っ張られ、距離をとる。
ツバキは体勢を整えると、一気に形勢逆転した状況に顔を強張らせた。
(不味い…!でもここで使う…?いや、毒薔薇をもう一度ーー!『毒薔薇』!)
「…それは何なんだ!見たこともない!?」
ツバキの考え通り、サリエルドは大きく避けた。
だが、その先には既にレンが剣を振りかぶっている。
「しまっ!」
「っそりゃぁあ!」
掛け声とともに振るわれた剣は、反応が出来ていないサリエルドの胸へたしかに当たった。
「グハっ…!」
ツバキのバフと、スキルの効果で、炎でつくられている刀は服を焼き、肌を焦がした。
だがその程度の傷しか与えられない。いや、魔王を相手によくやっていると言うべきなのか。
サリエルドの胸を大きく切り裂いたレンは、即座に離脱する。
その直後、音を立てて先ほどレンがいた場所が爆発した。
煙が晴れると、ゆらりとサリエルドがうつむきながら笑っている姿が見えた。
「……ははっ、まさかたった二人を相手に押されるとは…僕のプライドが傷ついちゃうなぁ…」
レンは様子の変わったサリエルドに片眉を上げたが、気にせず口を開く。
「そろそろ決着をつけようか。」
「あ…え……い。ぼ…だか…のは……。」
サリエルドが何か言っているが、聞き取れない。
「あ?」
「なんて言ってるの?」
サリエルドが顔を上げた。薄く笑っている表情は、不気味な雰囲気を醸し出している。
「僕が…」
レンは身構えた。ツバキは魔法の準備をする。
何故か。サリエルドの眼の色が赤黒いものに変化したからだ。
「僕が勝つんだ!僕を裏切った奴にーー負けてたまるかぁ!」




